【風と共に去りぬ】感想と考察 その2 天然か養殖か 本当は怖いメラニーの人心掌握術
マーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』の感想と考察その2。
今回は本作の真ヒロイン・メラニー。
- 個人的な感想を交えた考察です
- 読んだのは新潮文庫版(全5巻)です。名前などの表記は読んだ本に合わせています
能ある鷹は爪を隠す!かしこいメラニー
本作の真のヒロインとも言うべき人物がメラニー。
このメラニー、スカーレット視点では『お花畑』みたいな扱いだったけど、作中ではぶっちぎりで『かしこい人』だった。
スカーレットは『自分の損得勘定』に関しては頭が回る人だったけど、『人心掌握』についてはダメダメで、最終的に『損』ばかりしていた。
メラニーは一見『お花畑』に見えるんだけど、そう見せることで自分は一切『損』をせず、ちゃっかり『得』することに長けていた。
経営者でたとえるなら、『自分が一番えらい!』と威張り散らして、周囲の忠告無視して独断で突っ走る『ワンマン社長』タイプがスカーレットで、自分は社長のイスに座ったまま、『自分より優秀な人』に裁量与えて働かせるタイプがメラニーかな?
前者は部下に嫌われ逃げられて、後者は部下に慕われ寄ってくる。
果たしてそれは、『やさしい人』だからなのか、『かしこい人』だからなのかは、ちょっと判断に悩むところかな……
そんなメラニーが、『爪を隠した鷹』の片鱗をついに見せたのが、3巻でヤンキー軍の格好をした物盗りの男が家に入ってきた時。
きれいなバラにはトゲがある
侵入者が現れた時、メラニーがサーベル持って登場したってことは、『敵』という『最悪の前提条件』で行動してたってことになる。
その想定で動けるってことは、この人、決して『ただのお花畑』ではない。鋭いトゲだらけのバラのお花畑。
『ただのお花畑』は、『自分にとって虫のいい妄想』を前提条件にして動く。『ただの迷子で話してみれば悪い人じゃないかもしれない』とかいった具合に。
メラニーが来た時には、すでにスカーレットがやってくれてたんだけど、言いふらしたいスカーレットに対し、『これは隠さな!』とすぐさま判断したのは『先の先』を読んでたよね……
確かに口では『知られたら誰かが捕まえに来るかも』なんて言ってはいたけど、それよりも『家族から守るため』じゃない?
その頃のスカーレットは、ただでさえ『人が変わった』って家族や使用人から怖がられてたもんな……そこにヤンキーとはいえ『人を●した』『盗品をいただく』なんて知られたら、屋敷にいる『本物のお花畑な人』は、よくて怯えるだけ、悪けりゃ『母ちゃんの教え』を盾にスカーレットを糾弾。
この時、病人だったメラニーにとって、一番困るのってスカーレットに逃げられることでしょ?
しかも馬とお金手に入っちゃったし。スカーレットがその気になれば出来る状況。
そうなった場合、他の面々は自業自得だけど、メラニーにしてみりゃとんだとばっちり。
なのでスカーレットはもちろん、『メラニー自身』を守るためにも『隠す』が最善。
そこまで考えが至らず『みんなに知らせるべきじゃないの?』と不思議がったスカーレットのほうが、まだまだ『お花畑』から抜けきっていない。
おまけにスカーレットと秘密を共有し、『大好きよ』と伝えることで『私はあなたの味方です☆(訳:味方の私を見捨てて逃げるなんて罪深いことしないわよね?)』とちゃっかり釘を刺すことも忘れない……
意図的か天然かは知らんけど、メラニー……! 恐ろしい子……!
本当は怖いメラニーの人心掌握術
メラニーのかしこいところは、物事を自分に都合のいい方角に動かしたい時、『自分の感情を』訴えるのではなく『相手の感情に』訴えるところだよね。
たとえばアシュリの『北部への引っ越し』の件だって、もしこれ、奥さんがスカーレットだったら、その場で『自分の感情』を訴えて断固拒否してた。
でもそれってアシュリ的には『ただのワガママ』でしかなく、自分の考えを否定されただけ。
否定されたアシュリは、ますます意固地になって、『妻の要望』を受け入れるどころか、『自分の要望』を押し通すための『対策』を練るだけなんだよね。
しかしメラニーは、最初はなにも言わず、受け入れる体をしていた。
あくまで『従順な良い妻』として振る舞った。
ところがそこに、従業員募集中のスカーレット登場。
ここぞとばかりに、メラニーは『スカーレットへの恩義を返す』という、ごもっともな『意見』で、『アシュリの情』に訴えた。
ここで断れば『悪者』になるのはアシュリなんだよね。逆に受け入れれば『いい人』になれる。
結果、アシュリの思いとは裏腹に、メラニーにとって『都合のいい』状況に転がした。自分は一切『悪妻』になることなく、旦那を我慢させることに成功。
メラニー……! 恐ろしい子……!(2回目)
天然か養殖か、メラニーの矛盾
メラニーって、『自分の立場』ってのをちゃんと自覚してたよなぁ……『自覚』してたから、時に謙虚に、時に強気に、自分の振る舞いを使い分けてた。
そして自分が『超いい人』になるのに他人を使うことも超うまかった。
『他人を使う』って言うと聞こえが悪いけど、メラニーがすごいのは、自分を持ち上げるために『他人を悪者にしない』ということ。
メラニー、結構矛盾したこと言ってんだよね。『ヤンキー兵の墓の草むしりをするべきか否か』という話し合いの時は『ヤンキーがみんな悪者なんてことありえない!』と訴えて人々を感動の涙の渦に沈めて『草むしりしましょう!』と美談にまとめておきながら、別のとこでは『ヤンキーにいい人がいるわけないでしょ!』『孫の代まで憎しみを伝える!』なんて恐ろしいこと言ってるんだもんな……
状況や相手に合わせて使い分けてるよねコレ?
しかも打算でそれをやってんじゃなくて、『天然』でそれやってるように見えるんだよな……恐ろしい子……!
大嫌いなヤンキーでさえも『超いい人』『かわいそうな人』にすることで、自分も『超いい人』になる。
相手が嫌うものを自分も嫌うことで、相手の『超いい人』になる。
すごいのは、全方面に『実害がない』こと。
それどころか『有益』ですらあるんだから、そら慕われるよ……
そしてメラニーが『超いい人』になるのにもっとも使われたのが、他でもないスカーレットだった。
スカーレットを『いい子』にしたメラニー
スカーレットを嫌う人や本性を知ってる人からすれば、スカーレットを慕うメラニーは『愚か者』『哀れな人』に見えただろうと思う。だけどメラニーは『かしこい人』だったから気にしなかった。
なぜなら『本当に愚かな人』は自分を『かしこそう』に見せたがるけど、『本当にかしこい人』は自分を『愚か者』に見せるものだから。
メラニーは、『バカにされている』と知ってか知らずかは不明だけど、とにかくスカーレットを『超いい人』にした。
現にスカーレットは、戦争の時、ギリギリまでアトランタに留まり、メラニーのお産に立ち会い、メラニーと生まれたばかりの赤子を連れて命がけで街を脱出したのは嘘でも誇張でもなく『事実』だったし。
メラニーはその『事実』を盾に、スカーレットを『超いい人』にすることで、本当は嫌だった引っ越しを回避したり、周囲の人から信頼を得たり、様々な『利益』を得た。
一切『嘘』もなければ『害』もない。
まあ、いいかげんスカーレットから離れたかったアシュリ的には『害』だったかもしれんけど、それはメラニーにやましいことしてたアシュリの『責任』であり『代償』。
スカーレットも、『いや、私そんなつもりは……』と、ちょっと良心痛めてたけど、それもまた、スカーレットの『責任』であり『代償』。どのみち、スカーレットに損はないわけだから、否定することも出来ない。
とはいえ、不倫疑惑の時のメラニーの行動は、さすがのスカーレットもびびってたな……
なんつーか、悪い人を『こらしめる』のが『正義』なら、悪い人を『改心させる』のは『愛』だね。愛。たとえちょっぴり歪んでいようとも。
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次回もメラニー。
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