進撃の巨人 感想と考察 幻想に逃げたエレンと幻想に立ち向かったライナー
進撃の巨人感想と考察。今回は各キャラ達が見ていた『理想』と『幻想』をテーマに考察。
理想と幻想違いや、幻想を見ていたエレンと理想を見ていたアルミン、そしてもっとも『幻想』に苦しんだライナーがメイン。
最終回ネタバレ含みます。過去考察と内容かぶることあるかもしれないけど、そこはご勘弁を。
なお、当考察は原作最終回以降エレン・イェーガーさんに死ぬほど厳しいので『エレンすてき☆ カッコいい!』と思っていたい方やミカサ・アッカーマンさんは、悪いこと言わんので引き返されることをおススメします。
『理想』と『幻想』の違い
『理想』と『幻想』をネット辞書で雑に調べたら、こう出て来た。
現実には実現されていないが、将来はこうありたい、また、当然そうあるべきだと思いえがくこと。また、思いえがく、望ましい完全な状態。
【幻想】
根拠のない空想。とりとめのない想像(をすること)。
ひとまずここでは、以下のように解釈します。
どこかに『ある』と勘違いして『ない』ものを求めるのが『幻想』。
タイプ分けすると『理想の人』は『ないなら作ればいいじゃない!』ってタイプだろうと思う。
一方、『幻想の人』は『どっかに完成品があって、それを手に入れたらゴール』と思ってるタイプといったところでしょうか。『いい人がいない』と言って、何年も婚活してる人みたいだな……
島民やミカサやアルミンをはじめとする104期の仲間達、そして読者に至るまで、エレンに対して『エレンは俺達のためにこんなことを!』という『幻想』を抱いてただけだった。それが判明したのが最終回。
だってこの人、巨人にカルラママを食わせた張本人だったから。
そして『なんでかわからんけどやりたかったからやっただけ』だった。
エレン流・他人のコントロール法
振り返ると、エレンって『絶望』で他人をコントロールしたよね。
目の前で、巨人に母親を食わせることで、『幼き自分』を『絶望』させ、『駆逐してやる!』と動かした。
『カルラが巨人に食われた=未来の息子は母親を救わなかった』という事実にグリシャを『絶望』させ、すべての選択肢を奪った。
『子供を作るのはどう?』と聞いたヒストリアを止めずに『絶望』させ、『都合の良い子』にした。
『外の世界には敵しかいません』と『絶望』させることで、フロックや島民達を自分に都合のいい支持者にした。
マーレで勝手にいなくなり、一方的なレベリオ襲撃作戦で仲間達や兵団を『絶望』させ、迎えに来させたあげく、その兵団を悪者にまでした。
ジークに『味方してくれる弟なんていない』と『絶望』させることで、グリシャの記憶の中へと連れて行かせた。
仲間達に『エレンは俺達のためにこんなことを!』と『自分自身』に『絶望』させることで、死にものぐるいでエレンを止めにこさせた。
『勇気』と『希望』を与えることで人を動かすのが『ヒーロー』だけど、エレンはまったくの逆。
『理想』の中のエレン
みんな、エレンに対してなにかしらの『理想』を抱いていた。
特別『強い理想』を抱いていたのがミカサとアルミンであり、エレン本人だったと思う。
『さらわれた自分を助けに来てくれたのはエレンがやさしい人だからだ』と、ずっと『理想』を抱いていたのがミカサだった。
でも本当に『やさしい人』は『戦え』なんて言わずに『逃げろ』と言う。『エレンの命の責任』を『見ず知らずの少女』に背負わせたりなんてしない。
ミカサやアルミンは、エレンのレベリオ襲撃で『理想のエレン』に初めて疑念が生まれたけど、それでもエレンに『理想』を抱いていたかったもんだから、『エレンが無差別に人を●した事実』から目をそらした。
一見エレンを信じているようで、実際は『自分が抱く理想のエレン像』を守ろうとしただけ。それは『友情』ではなく『信仰』。
その『己への甘さ』が、結果として『フルパワー地鳴らし発動の手助け』となってしまい、手遅れになってようやくその『理想』は『幻想』だったと受け入れ始めた。
そしてエレンも、エレン自身に『理想』を抱いていたんだろうと思う。
過去のエレンって『みんなの希望にならなきゃ!』ってプレッシャー感じたり、『自分は特別でもなんでもなかったんだ』と気づいていったはずなんですよ。
『成長』によって『理想の自分』を育てていった。はずだった。
しかしそれは『幻想』だった。
未来の記憶によって、自分が弱い人達を踏みつぶしまくることを知ったから。
にもかかわらず、それを阻止するための行動をまったくしなかったから。
あげくに、母ちゃんとこに巨人を向かわせたのが自分だったから。
『弱きを助け強きをくじくヒーローな自分』は未来にいなかった。
『ない』ものを『ある』と勘違いして、エレンに『幻想』を見てたのがミカサやアルミンだったけど、『あったもの』を『なかった』と勘違いして『幻想』に逃げたのがエレンだった。
『幻想』のエレンと『理想』のアルミン
『外の世界』とうまくやっていこうとしていたのが兵団だったりアルミン達だったけど、それを『幻想だ!』と否定したのがエレンだった。
でも『みんな仲良く』って、本来は『理想として掲げるもの』であって『幻想にしてはいけないもの』だと思う。
たとえば『ここにいる100人全員とトモダチになれますか?』と聞かれたら、たいていの大人は『無理』と答える。
なぜなら大人は、経験を経て『世の中にはどうがんばっても自分と相いれない人がいる』ということを『知っている』から。私なんて100人どころかクラスメイト全員の顔と名前すら覚えてなかったし。(それは記憶力の問題)
『トモダチ100人出来るかな?』なんて幻想が抱けるのは子供のうちだけ。
でも『理想』は違う。
だって『理想』は、最初から『ない』とわかっているから『理想』。
『この場にいる100人全員』とトモダチにはなれなくても『トモダチをたくさん作る』を『理想』として掲げ、『追い求めること』は出来る。
だって『全員』は無理でも、そのうちの何人かとは『トモダチ』になれそうじゃない?
『この場にいる』という条件を外せば、ホントに『トモダチ100人』作っちゃう人もいると思う。(何を持って『トモダチ』とするかは別として)
だから『希望』が生まれる。『ない』と思っていたものが『あった』から。
一歩一歩、間違いなく『理想』は『現実』へと近づいている。
エレンは壁の外に『幻想』を抱いていた。だから真実を知り、ガッカリした。
アルミンは『理想』を抱いていた。彼をそう導いたのがエルヴィンやハンジさん、ピクシス司令といった『理想』を求めた大人達。
その『導き』があったから、どんな『絶望』の中であろうと『希望』を見出し、やがて彼自身が『みんな』を導いていく立場を受け継いだ。
幻想に消えた愛・理想で築き上げた愛
『理想』って『実現可能かどうか』は重要じゃないよね。『理想』とは『ないとわかっているもの』だから。
だって『永遠の愛』ってないじゃん?
だけど世の中には『永遠の愛は存在する』と『幻想』を抱いている人がいる。たとえば、家事も育児もパートナーに丸投げして好き勝手する人や、親やトモダチ相手にワガママ放題する子供とか。まさにエレン。
そういうことが出来るのって、『自分は愛されているからこのくらいやっても許される』と『愛』にあぐらをかいているから。
そして相手に愛想つかされてようやく『永遠の愛』は『ない』と思い知る。
なんにもしないで勝手に育つ『愛』はないんやで……
でも『永遠の愛』を『理想』として掲げ、互いの『理解』と『努力』を続けることで、末永く一緒に暮らしたり、友情を育んでいくことは出来る。
それが出来てる人にとって『永遠の愛』は『ある』ことになる。正確には『ある』というより、努力して『築き上げた』と言うべきか。(最終巻追加エピのミカサはそれが出来た人だった)
ところが『ない』と思い知った人は、まさに今『理想』を築き上げてる最中の人達を『幻想見ちゃってバカだなぁ』と笑いものにする。
今度は『永遠の愛はないのだ』という『幻想』を見ている。
エレンやジークもそうだけど、イェレナもまさに『幻想』見てた人だと思う。
幻想の犠牲者ライナー
『理想』と『幻想』のギャップに一番苦しんだのがライナーだった。
カリナママが語った『親子3人で仲良く暮らす』という『理想』を叶えてあげたい一心で、幼いライナーはがんばった。
しかしそれは『幻想』だった。『ある』と信じていたものが『ない』と知り、ライナーは深く傷ついた。これまで『ない』もののためにがんばっていたわけだから。
しかし母ちゃんはそれを『幻想』と知らないまま、幸せな夢を見ている。
母親思いのライナーは、母の『幻想』を『理想』のままにしてあげるために、母親に隠し事をする『悪い子』になった。
マルセルの『幻想』
そして次はマルセルの『幻想』に苦しめられた。
ライナーは『自分の実力』で巨人の継承権を得て『理想の自分』に近づいたのだと思っていた。
しかしそれも『幻想』だった。
実際はマルセルがなんもせんでも、ライナーが継承者に選ばれていたのかもしれない。
しかし幼いマルセルは『自分のせいでライナーが継承者に選ばれてしまった』と思い込み、幼いライナーも『自分の実力じゃなかったんだ』と思い込んだ。
またしても『幻想』はライナーを深く傷つけた。
マルセルって『巨人継承はホントはみんな嫌なものだ』と思ってたんじゃない?
だから『嫌なこと』をさせてしまったライナーへの『申し訳なさ』に苦しみ、あの告白に至った?
でもそれは、マルセルの『幻想』だった。ライナーは本気で『巨人継承』をしたかったから『謝る必要』なんてどこにもなかった。
しかし『幻想だった』と知る由もないマルセルは、ライナーに対して必要のない罪悪感を抱き、ライナーを守ろうと身代わりに巨人に食われ、さらにライナーを苦しめた。
壁の中の『幻想』
そしてトドメが『壁の中の悪魔』という『幻想』。
ライナーは大人達に教えられた『壁の中にいるのは悪魔』を信じ、壁を破壊した。『世界を救う』ために。
しかし、壁の中にいたのは『ただの人』であり、自分がしたのは『ただの人●し』だった。ちなみにそれと同じ道をたどったのがガビ。
『みんなを救うヒーローになる』という『理想』は、またしても『幻想』だった。
母ちゃんやマルセルが抱いていた『幻想』に傷つけられ、『無責任な大人』の『幻想』に傷つけられ、『ヒーローになる』という自分自身の『幻想』にも苦しみ、『幻想』のトリプルコンボですっかり精神を病んだライナーは、島での暮らしの中で『理想の兄貴分』という『幻想の兵士』を作り出した。
『幻想』に苦しんだライナーが、『幻想』に逃げることで我が身を守ったってのは、なんだか皮肉な話だなぁ……
『幻想』のあと始末
『理想』が『幻想』だったと知り、ショックを受けたという点では、エレンとライナーって『同じ』。
でもこの2人、全然違う。
『理想』が『幻想』と気づいた『後』の行動が。
ライナーは自分の理想がすべて『幻想だった』と知ったあと、心を病んだ。
それでも正体がバレた後は、幻想に逃げるのをやめ、『戦士としての責務』を果たそうと現実に向き合って進み続けた。
何度死のうと思っても、助けを求める子供達の声に立ち上がり、そして自分がしてきたことに対する『責任』を果たすべく、背後にいる弱き者達の盾となって、強大な敵を相手に何度も何度も立ち上がった。
本 当 に か っ こ い い よ……!
むしろエレンって、ライナーよりもベルトルト寄りでしょ。『僕が決めた!』とか、今際の際の情けなさとか。
まあ、ベルトルトの発言は自分を奮い立たせるためでもあっただろうけど……
『幻想』に対する『あと始末』までちゃんとやったのがライナーだったけど、やりっぱなしで『あと始末』をすべて放り出したのがエレンだった……
幻想ライフの代償
これは自分の経験を踏まえた上で思うことなんだけど。
『自由には責任』『身勝手には代償』と同様に、『幻想』もまた、醒めない限り『借金的ななにか』が増え続ける仕組みなんだろうと思う。
『貯金』に例えると。子供は『幻想貯金』を持って生まれてくるんだと思う。
だから子供のうちは『幻想の世界』で生きることが許される。ミ●キーやらサンタさんやら、幻想を見れば見るほど『幻想貯金』は消費される。
そしてそんな子供の『幻想』を守るのが大人の役目。
でも、大人はいつまでも『子供の幻想』を守ってくれないし、『幻想貯金』も底をつく時が来る。それが大人になった時。
大人である以上、現実の世界を生きなきゃいけないんだけど、体はすでに大人なのに頭の中が『幻想の世界』にいる限り『幻想マネー』の『消費』は続き、『借金』が増えていく。(ピーターパン症候群かな?)
途中で『あ、これヤベえ!』と自分で気づけるならマシ。早ければ早いほど、借金もたいしたことないから挽回できる。(このタイプがライナー)
借金増えすぎると、今度は逆に『幻想』から醒めようにも醒めれなくなる。『現実』が怖すぎるから。(このタイプがエレン)
身内にそんなのがいると、家族が代わりに借金の返済に追われるんだけど、返したそばから当の本人が借金作ってくという悪循環。
なぜなら返してくれる人がいるもんだから、それに甘えきって、どっぷり『幻想の世界の住人』になってしまっているから。
だから周囲がどんなに現実的な話をしても、当の本人は『自分が見ている幻想の世界』を『現実の世界』と思ってるから、話がまったくかみ合わない。
本人に『これは幻想だ』という『自覚』が生まれない限り『幻想』から醒めることはなく、借金は増える一方。家族も追い詰められ、最悪、こちらも幻想に逃げちゃって共倒れの危機。(『幻想』に逃げかけたのがジャン達)
これってむしろ『助けてくれる家族』なんていないほうが良かったんじゃないかって気がするよ……いや、助けなかった結果、事件起こされても困るけど……
『幻想』に立ち向かったライナー
さて、ライナーは幼いうちから『責任』というものを背負わされ、心は幻想の世界でヒーローを夢見ているのに、幼い体は現実の世界で『責任』を背負ってるという『ちぐはぐな状況』に追いやられた。子供に『幻想』を抱き、『子供を守る責任』を放棄した大人達によって。
それでもライナーは『幻想』から醒めた後も、人のせいにするどころか『すべて自分の責任』と、自分がしてきたことと向き合い、何度もくじけそうになりながらも、借金返済のためにがんばることで母ちゃんを幻想から目覚めさせ、母ちゃんの分の借金まで完済して真のヒーローになった。
エレンは『幻想』から醒めるどころか『幻想』に逃げ切り、多額の借金は連帯保証人のアルミンに背負わせた。っておいエレン。
ライナーが『その力を一番もったらアカンのはエレン』と思ってたのは、エレンが『幻想の世界の住人だ』ってことに気づいてたからかも。
だってライナーは『巨人の正体』も『外の世界の現実』も知っている。エレンの『理想』が『幻想』であると一番理解してたのが幻想学園パイセンのライナー。
ライナーが見た『幻想』の先にある結末は、すべてがより状況を悪くするものばかりだった。
そんな『幻想世界の住人』が、現実世界に超影響を及ぼす『強大な力』を持っちゃってるわけだから、そりゃ焦るよな……
『幻想の世界』に逃げるって『責任の放棄』だよね。『この世界』で生きることを放棄したようなもんなんだから。
* * *
それでは今回はこの辺で。
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久しぶりの更新ありがとうございました😊
今回も読み応えがあり、なるほどふむふむと読んでいました。
今回、心に刺さったのは
「永遠の愛は存在しない」ですね。
私が常に意識しているからかな。
後は幻想学園ライナーパイセンの後始末ですね
くーライナーマジでカッコいい!
人間って強くあろうとする弱きもの。
それを体現して見せてくれてる。
人間臭くて大好きだ!
エレンのそれは無責任ですが、
進撃の巨人が自由を求めて進み続けた代償は同胞が支払うのがルールだとクルーガーさんが提唱してる。
(ルールブックでもあるのだろうか?でももれなく全員その通りになってる。)
エレンはそれに乗っかりながら、
最悪なシナリオの中にでも自由を見つけたかったのかなと最近は思えます。
やってる事最悪なんですけどね。
彼も弱き者。なのかな。
来年、いよいよアニメ最後ですね。
楽しみですが、こわくもあります。
とわこさんのブログを読み返しながら
エレンの進む道を待ちたいと思います!
お久しぶりです! コメントありがとうございます!
早いもので、アニメ最終章がもうじきですね……原作通りなら、とうとうあの回かとちょっと鬱でもある……
進撃継承者がみんな最終的に代償を同胞に支払わせる無責任野郎になっちゃうの、ホント『進撃の巨人』の宿命なんですかね?
グリシャもクルーガーさんも反省会では『自分のせい』と言ってはいたけど、クルーガーさんはグリシャを焚きつけるだけ焚きつけといて、その責任取らせるようにグリシャに巨人を継承させるし、グリシャだって、
エレンに巨人継承させる
→エレンが未来でなにやらかすか知ってるのに継承させた無責任
エレン以外に巨人継承させる
→巨人の正体すら知らない他人に準備ゼロでいきなり重い宿命押しつける無責任
誰にも継承させずこのまま寿命で●ぬ
→攻めてくるマーレに一方的にやられる&見ず知らずの赤子に継承させる無責任
どの選択肢でも代償は同胞に向かう完璧な無責任の布陣……!(一周回って『無責任』になる『責任』を果たした……???)
もういっそ、キースに全部告白してキースに継承してもらったほうがまだマシだったんじゃないかって気はする……(1巻でエレン飲んだ巨人といいハゲのおっさんが主人公になるチャンスがちょいちょいあった漫画)
これって最終的に『責任取ってくれる誰かにたどり着くまで進み続ける巨人』だから名前が『進撃』だったんでしょうかね……?(『進撃』ってそういう意味の言葉だっけ……???)
岡田斗司夫の「夢はタダだが利子がつく」という言葉を思い出しました。
借金してるのに、一生懸命働かずにディズニーランドに行って現実逃避するようなもんですかね。
夢を見るのはステキだけど、『現実逃避』に『夢』を悪用しちゃいけないんでしょうね。
ディズニー行って現実逃避しても、そこで暮らすことは出来ないから、おうちに帰った後の現実が恐そう……