明日から本気出す

※本日の本気はお休みです。

  1. TOP
  2. 進撃の巨人
  3. 進撃の巨人The Final Season完結編 エレンとラムジー 比べてわかる動機と目的

進撃の巨人The Final Season完結編 エレンとラムジー 比べてわかる動機と目的

進撃の巨人アイキャッチ

今回は先のアニメ完結編・第一章の考察で入りきらなかった、難民少年ラムジーくんを知ることで見えてくるエレンとの違いを考察します。
タイトルにFinalSeason入ってますが、アニメの感想というよりラムジーくんの考察になってしまいました。

  • 個人的な感想を交えた考察です。考えるだけなら自由だ!
  • 原作漫画の大きなネタバレは注意してますが、そうじゃないところでも察せられる程度にしれっと混じってるので、アニメ派の方はご理解の上でお願いします
  • 過去の考察とかぶることもありますが、おさらい感覚でどうぞ
  • なお、当考察は原作最終回以降エレン・イェーガーさんにとことん非情なので『エレン辛いよね。かわいそう……』と思っていたい方は、悪いこと言わんので即・引き返しましょう

『同じ』で『違う』エレンとラムジー

さて、最終章開始早々悲惨なことになったラムジーくんですが、この子って『幼少のエレン』とまったく逆の子だったなぁと思う。
たしかに『人様のものを奪った』という『身勝手さ』に関してはエレンと同じなんですけどね。奪ったものが『お金』か『自由』かの違いがあるだけで。

ただ『身勝手の代償』はちゃんと『自分自身』で支払ってた。

進撃の巨人The Final Season完結編 第一章 地鳴らし

進撃の巨人The Final Season完結編 第一章 地鳴らし

この子がすごいのは、『自分の手』を切り落とされたにも関わらず、誰かを恨んだり怒ったりしてないこと。
これが意味するのは、少なくともラムジーくんには『自分は悪いことをしているという自覚がある』ということ。

『自分達が難民になったこと』と『自分が盗みをしてること』は、たしかに『因果関係』はあるかもしれないけど、ちゃんと『別問題』として考えている。
だから『人のせい』にしなかった。

そういう意味では、この子は自分のやったことに対して、やり方はどうあれ子供なりに『責任』を背負ってると言える。

ラムジーくんに盗みをやめさせる方法

ラムジーくんは『盗み』を行った『代償』としてボコボコにされたり片手を奪われた。なのに『盗み』をやめる気はない模様。

進撃の巨人The Final Season完結編 第一章 地鳴らし

進撃の巨人The Final Season完結編 第一章 地鳴らし

つまりその『罰』って、ラムジーくんにとってなんの意味も持たなかったということになる。
もちろんもう片方の手を切って、物理的に『盗みの出来ない体』にすることは可能。しかし、解決はしないだろうと思う。

恐らく『順番』で、ハリルくんが代わりに盗みをやり出すんじゃない? それって『やる人』が代わっただけで『解決した』とは言えない。

こういう子にとって一番堪えるのって『自分のやらかしたことの代償』として『家族の手がぶった切られること』じゃないの?
だって『本人を痛めつけてもやめない』ことはすでに実証されているわけだし。

まあ『手を切る』まではいかんでも、もし自分がやったことの『代償』として、じいちゃんやハリルくんが痛めつけられたら、この子は盗みをやめたかもしれない。なぜならラムジーくんは『みんなのため』に盗みを行っていたから。

『みんなを助けるため』の行為で肝心の『みんな』を傷つけたんじゃ本末転倒。

ラムジーくんが『自分がやったことの代償は自分が受ければ済むんだ(自分の責任)』と思ってる限り、この子は盗みをやめないだろうなと思う。

でもこれ、ラムジーくんは『代償は自分だけ』と思っているのかもしれないけど、結局のところ、難民全体がますます『厄介者』扱いされる負のループを生んでるんだよね……それは『子供にこんなことさせてる大人達への代償』と言える。

進撃の巨人The Final Season 87話 人類の夜明け

進撃の巨人The Final Season 87話 人類の夜明け

だって同胞の大人達も、ラムジーくんが盗みしてるの知ってて黙認してるでしょ。『ラムジーくんがしてることによって恩恵が得られる』というのもまた事実。じいちゃんはやめるよう言ってるようだけど『だったらどうすりゃいいの?』と問われても、無力な大人には回答を用意することが出来ない。

これってハンジさんとエレンの関係に似てる。スケールと内容のヤバさが違うだけで。

進撃の巨人The Final Season 69話 正論

進撃の巨人The Final Season 69話 正論

ただ、ラムジーくんとエレンが違うのは、ラムジーくんは『自分のもてるものすべて差し出す覚悟』でやってることと『じいちゃんがホントに無力』なのに対し。

エレンは『未来の記憶』という『状況を一気にひっくり返す情報』を隠すことで『有能な大人達』を意図的に無力化させ、『代償』がエレンではなくみーんな『大事な仲間達』に向かってるにも関わらず、おかまいなしに進撃してるってことなんだけどね……マジでなんなんコイツ……

『お前らが大事』って言ったの忘れたのおじいちゃーーーーーーーーーーーーーーーん!(進撃の老人……)

無力な大人達

結局、ラムジーくんに盗みをやめさせる方法って『彼らが生活出来るよう何かしら支援する』ことじゃないかと思う。

ラムジーくんをボコった大人達って『自分達の行いはただの憂さ晴らしであり罰になっていない』と理解してなかった。一時的に『解決した気分』に浸ってるだけで。

進撃の巨人The Final Season完結編 第一章 地鳴らし

進撃の巨人The Final Season完結編 第一章 地鳴らし

子供に本気で盗みをやめさせ、問題を解決したいのなら、長い目で見るとなにかしらの支援をするのが、結局近道で安上がりなんじゃない?
『生活困難者』でなくなれば、盗みなんてする必要がなくなるんだから。

まあ、これの最大の問題は、精神的にも金銭的にも余裕がない一般人がどうにか出来る範疇超えてるってことなんだけどね……それに戦争がいつまで続くかなんてわかんないし……
『余裕』もないくせに、自分が『超いい人』になるために、自分や家族を犠牲にしてまで施しを与えるのはただの『偽善者』であり『無責任』。

本当に『一番いい解決方法』は『戦争』なんてものがなくなり、彼らが故郷に帰れることなんだけど、『難民を生み出した張本人』は王様気分でおいしいとこだけいただいて、まずいところは見向きもしないで『下々のもの』に押し付けた。

ラムジーくんのことって『大人達の身勝手』『大人達の無力』が現れてるエピソードだった。
『身勝手な大人』が起こした『戦争』が大人達から『余裕』を奪い、『思考』を停止させ、子供の手をぶった切るような『非情な大人』に変えたり、子供の悪事を止められない『無力な大人』にした。

非情な大人達は『あいつらがいなくなれば解決!』で思考停止していた。
でも現実問題、そんなこと出来ないじゃん。どこぞのなんちゃらイェーガーさんでもない限り。

本気で解決する気があったのなら、ラムジーくん達を『理解』する必要があった。だけど彼らはそんな気はなかった。
『理解』しちゃったら、『施し』を与えなきゃいけなかったり『仕事の枠』を奪われて『損をする』と思ってたんじゃない? それに『なんで自分がそんなことしなくちゃいけないんだ!』ってのもあると思う……

だからと言って、ラムジーくん本人ではなくその『大切な人』を痛めつけるようなこともしなかった。
まあ、単純にそこまで考えてなかっただけだろうけど、もしそれを思いついてたとしても、なんかそれって『自分が悪者』みたいになっちゃう。
彼らはあくまで、ラムジーくんがやったことに対する『代償』は『ラムジーくん本人』に支払わせた。
それなら自分の行いは『悪者をとっちめる善行』になるから。

その結果『悪いことしても損するのは自分だけで済むんだ』と思ったラムジーくんは、その後も盗みを続けた。
そしてラムジーくんの盗みをやめさせることが出来なかった市民達は、その後も財産を盗まれ続け、心中も穏やかでなくなり『損』をし続けた。
同じくラムジーくんの盗みをやめさせることが出来なかった無力なじいちゃんや難民達も評判が悪くなり、ますます肩身が狭くなった。

エレンが同じ立場だったら……

仲間を助けるために盗みを繰り返し、片手を失ったラムジーくんだけど、もしエレンが同じ立場だったらどうか。
まあ、エレンもラムジーくん同様、片手を奪われようと盗みはやめないだろうと思う。
ただ、お金が貯まれば貯まるほど喜ぶのがラムジーくんだけど、エレンはどんなにお金が貯まっても満たされず、『憎しみ』ばかりが貯まってくんだろうと思う。『自分達が難民になったのはマーレのせいなのに!』って。

なぜそう思うのかというと、幼少期のエレンって『オレはお前を理解しないがお前はオレを理解しろ』というプロジャイアニストだったから。
その上『他責思考の塊』だった。

子供同士でケンカした時もそうだったし、背後からおっさん殴った時もそうだったし、人さらいをめった刺しにしたときもそう。
『因果関係』と『自分がやったこと』をごっちゃにして考えていたもんだから、スケールの大きい小さい関係なく、一貫して『オレがこんなことをしたのはあいつらのせいです』と、すべて『人のせい』にして『自分には非がない』『むしろ自分こそが正しい』のだと主張した。

進撃の巨人6話[ 諫山創 ]

進撃の巨人6話[ 諫山創 ]

つまり『正義の心でやりました』というのがエレンの言い分。

エレンの行為が『正義から来るもの』ってことは、つまりエレン的には『間違いは正してやらなきゃ!』という『親切心』であり、その『暴力』は、恐ろしいことに『正義の鉄拳』ということになる。

だから『それ』を責められると逆上する。『いいこと』してるのに怒られなきゃいけないという『理不尽』に。

大人達は必死に、エレンの『オレがこの世で一番正しくてそれ以外はすべて間違い』という『前提条件』が間違ってると伝えても伝えても『理解するためのおつむ』がエレンに備わってないんでこれっぽっちも理解出来ない。
そのくせ、自分を『かわいそう』『けなげ』に見せることでお説教タイムを早めに終わらせるという『ずる賢さ』は備えているというタチの悪さ。

進撃の巨人6話[ 諫山創 ]

進撃の巨人6話[ 諫山創 ]

しかも大人になってからもそうだった。
ヒストリアに『そんなの間違ってる!』と言われて『わかってる』と言った直後に『たった今間違いだと言われた内容』を『これこそが正解!』って力説した。

進撃の巨人130話[ 諫山創 ]

進撃の巨人130話[ 諫山創 ]

なんもわかってねぇじゃねぇか……!

何が『わかってる』だよ!

連載当時は『わかってる(でもそうしなきゃいけない真の理由がある)』だと思ってたんだけどな……(遠い目)

エレンって、たとえるなら『マーレ人のAさん』に殴られたんなら『Aさん』を同じくらい殴ってそこで『復讐終了』にするべきところを、『マーレ人そのもの』を憎んで、マーレ人なら誰彼かまわず殴りに行くタイプだよね……なのに本人は『自分はかわいそうな被害者!』と本気で思ってる。(まー、若い頃のグリシャやグロス曹長そっくり……)
おかげでいつまで経っても『復讐』が終わらず、それどころか新たな『復讐の火種』を生み出し、余計な恨みを買っている。
だからエレンの『復讐』は、『駆逐する』まで終わらない。

少なくともハンジさんやリヴァイは、『復讐』するにしたって『復讐すべき相手』を見誤ったりしなかったよ……同じくらいボコって、そこで終了。むしろ命を取らないだけやさしいくらい。

カルラママから見たエレン

ハンネスさんによると、幼い頃のエレンって、子供同士のケンカで何度負けても向かっていくことをやめなかったそう。
相手の子供達は『自分達の正しさ』を教えてやろうとエレンをボコボコにしたんだろうけど、なんの意味もなかったってことになる。

進撃の巨人45話[ 諫山創 ]

進撃の巨人45話[ 諫山創 ]

ハンネスさんはそんなエレンを『粘り強い』とか『不屈の精神の持ち主』とかプラスに思っていたようだけど、カルラママにしてみりゃあ『物わかりの悪い子供』でしかなかった。体験からも失敗からもなにも学ばず、何度も何度も同じこと繰り返すんだから。

進撃の巨人50話[ 諫山創 ]

進撃の巨人50話[ 諫山創 ]

なぜ『理解』出来なかったのかというと、『前提条件』がそもそも違ったんだろうと思う。

大半の人にとって『命は一番重いもの』だった。

カルラママが調査兵団行きを猛反対したのは、『命が一番大事』だったから。だって自由がどうのこうの言ったって、命がなくなったんじゃあ本末転倒。

だけどエレンにとって『命は自由に劣るもの』だった。
だから『自由を手に入れるためなら命なんて惜しくない』なんて平気で思っていた。

『価値観』が違うこと、それ自体は別にいいんだけど、最大の問題は『他人もこうあるべき』と思っているところ。
だからカルラやグリシャが、どんなに『命を軽々しく扱うな』と叱っても素通りしてしまう。『他人の正しさ』を受け入れるための『器』がエレンにはないから。(あったとしても底にでかい穴開いてる……)

進撃の巨人6話[ 諫山創 ]

進撃の巨人6話[ 諫山創 ]

もしエレンに、母親の価値観を否定するのではなく『肯定』する器があったのなら、自分の価値観を守りつつも『みんなの命を守りたい』『そのためには壁の外を知らなきゃいけない』『だから調査兵団に行くんだ』と、きちんと『目的』を明確にし、母ちゃんを説得出来たかもしれない。(そもそも、そのための組織が調査兵団)

しかしエレンは『家畜は嫌だ!』だの『壁の外がどうなってるか知りたい!』だの、母ちゃんからすれば『物分かりの悪い子供が自分の欲求満たしたくてわめき散らしてるだけ』でしかなかった。そしてエレンが『命の重さを理解していない』ことも理解していた。

進撃の巨人1話[ 諫山創 ]

進撃の巨人1話[ 諫山創 ]

エレン本人は『母ちゃんはわかってない』『自分はものすごく正しいことを言ってる』と思ってたんだろうけど、なんもわかってないのはエレンだし、お母ちゃんにガッツリ見抜かれてますよ……
むしろ『OK! YOU、調査兵団行っちゃいなYO!』なんて言われたら、それもうエレンのことなんて『どうでもいい子』と思われてるってことなんですがね……

なんにせよエレンは『物分かり』も悪ければ『あきらめ』も悪かった。
だから何者かが立ちはだかってきたら、努力したり知恵を絞って『乗り越える』のではなく、『相手が折れて自分に合わせてくれる』まで駄々をこねる。なぜなら『自分がこの世で一番正しい』と思っているから。

でも現実は、誰も自分に合わせてくれないもんだから、逆ギレして暴力で『破壊』して突破した。その被害者が兵団だったり親だったりハンジさんだったりした。

進撃の巨人The Final Season 69話 正論

進撃の巨人The Final Season 69話 正論

その人達は『乗り越えなきゃいけない壁』であって『壊していい壁』じゃねえ……!(ガチギレ)

そういやコイツ、昔っから『努力』や『知恵』はアルミン使って乗り越えてたわ……

進撃の巨人11話[ 諫山創 ]

進撃の巨人11話[ 諫山創 ]

でもFinalSeasonは『未来の記憶』暴露しないことにはアルミン使用不可だから、フロック使って『暴力』で破壊した、と……(遠い目)

それぞれの『動機』と『目的』

さて、エレンとラムジーくんを比較すると、仮に『同じこと』をやったとしても、『目的』はまったく異なると思う。

なぜなら『目的のために手段を選ばない』のがラムジーくんだけど、『手段のために目的を選ばない』のがエレンだから。

だってラムジーくんの『動機』は生活が困窮していて、そのために仲間が大勢亡くなったからでしょ?
『仲間達を助けたい』という『目的』のために盗みを行った。
逆を言えば『助けが必要な仲間』がいなきゃ盗みなんてしなかったわけで。

もしなんかミラクルが起こって、ラムジーくん達に生活支援が行われることになって『これで助かるぞー!』ってなったとする。

『これでもう盗みなんてしなくて済むんだ』と胸をなで下ろすのがラムジーくんなら、『あいつらがそんな親切なわけがない! これは罠だ! あいつらにやられたことを思い出せ!』とか言って周囲の不安や憎しみをあおり、せっかくの支援を台無しにするのがエレンだと思う。

だって支援されちゃったら『憎しみ』を晴らせなくなるから。

エレンの『動機』と『目的』

エレンの『動機』って、昔っから『怒り』や『憎しみ』だった。
外の世界を始めて意識した時、アルミンが抱いたのは『夢』や『憧れ』だったけど、エレンが抱いたのは『怒り』だった。

進撃の巨人73話[ 諫山創 ]

進撃の巨人73話[ 諫山創 ]

口では『自由』がどうのこうの言ってるけど、結局本音は『怒り』や『憎しみ』を晴らしたいだけ。
『自由を奪う憎いヤツ』をめった刺しにしたかっただけで、『かわいそうな被害者』は『自分の行いを正当化するための存在』でしかなかった。
『他人の夢』に便乗することで、まるでその『夢』が『目的』であるかのように、仲間と自分をだました。

もしエレンがラムジーくんと同じ立場だったら、盗みをして殴られたところで『自分がしたこと』は棚に上げて復讐心を募らせる姿しか想像出来ない。アルミンやミカサに『盗みは悪いことだよやめようよ』って泣いて止められようときっとやめない。
そこに『生活支援行います』なんてことになったら、一番困るのはエレン。

生活が困ってないのに『盗み』なんてやったら、『悪いこと』になっちゃうよね?

『生活が困窮してるから盗みを正当化出来た』のに、『盗みを正当化するためには生活が困窮してなきゃいけない』とか本末転倒もいいところ。
なのにこの人は、無意識に人々の不安を煽ってせっかくの支援を台無しにして対立を深めるんだろうと思う。『親切心』で。(テロリストかな?)
そして事態が悪い方角に向かうと顔は絶望しながら『ほらやっぱりオレが正しい!』と内心喜ぶ。
今やってる『地鳴らし』もまさにそれ。

『島を守るため』の切り札が『地鳴らし』のはずなのに、『地鳴らし』するために『島を危機に追いやった』よね? この人。

フロックを使って、島民に『島の外は敵ばかりです! だからやられる前にやっちゃいましょう!』と不安をあおりまくり、レベリオ襲撃を正当化。
世界に島を攻撃するよう仕向けたの自分のくせに、襲撃されたら『ほらやっぱり世界は危険! エレンが正しい!』と『無垢な羊達』を扇動し、『地鳴らし発動』を喜ばせた。

『羊』は『説得』では動かない。自分の行かせたい方角へ向かわせるには『犬』を使って追い立てる。そのための『犬』にされたのがフロックだった。

進撃の巨人The Final Season 82話 夕焼け

進撃の巨人The Final Season 82話 夕焼け

自分が他人から家畜扱いされるのは許せないが、自分が他人をわんわんにしたり家畜にするのは許せるらしい……なのに女のペットになるのはOKなの、さすがヒモーガーさん。(嫌味)

ハンジさんは市民やフロックを『人』として扱っていたから、煽動したり出来なかったのかもなぁ……ハンジさんは高潔すぎたんだよ……

進撃の巨人The Final Season 70話 偽り者

進撃の巨人The Final Season 70話 偽り者

物理的潔癖症はリヴァイだったけど精神的潔癖症はハンジさんだったと思う……

矛盾だらけのエレン

エレンってどっかの元議員と同じ。自分がしたことの『代償』が母ちゃんに向かっただけなのに、号泣して『母ちゃん関係あらへんやろ!』と訴えるんなら、とっとと日本に戻って『責任』果たしゃいいだけ。なのに母ちゃん救いに帰ってくる気はないらしい。

エレンが『我が身を犠牲にしてでも仲間を守りたい』と思いつめるあまり『世界を滅ぼそう!』と考えたのであれば、サシャが死んだ時点、いや、なんならヒストリアが『子供作るのはどう?』と聞いてきた時点で、自分のおかしさに気づいて踏みとどまってもよくね?

だって『島の生け贄になる子供を産ませるなんてさせない!』なんてかっこいいこと言った直後に『オレの計画のために孕むのはOK!』って、

『は?』

しか出てこーへんやろ……(ホントに孕むヒスもヒスもだけど……)

だけどエレンは『自分の行為の代償』が他人に向かおうが愛する仲間に向かおうが『未来の記憶』を誰にも言わないまま進撃した。

それが意味するのは『エレンの目的は今も昔も『オレの自由のため』『駆逐してやる!』という『身勝手』や『復讐心』である』ということに他ならない。
『みんなの幸せ』『島を守りたい』なんて、自分を正当化するための『きれいなアクセサリー』でしかなかった。

これはエレンが『誰も愛さない子』で『みんながどうでもよかったからやったのか』というとそうでもなく。
本当に『みんなどうでもよかった』って言うんなら、ヒストリアが巨人継承すんのも『どうでもいい』し、島だって『どうでもいい』し自分だって『どうでもいい』わけだから、『なにもしなきゃいい』じゃん。
『地鳴らし』したきゃヒスでやりゃいいし。

でもエレンは、人を愛していようがなかろうが『地鳴らし』そのものはやるんだと思う。なぜならエレンの動機や目的は、先ほど言ったとおり『身勝手』や『復讐心』だったから。
『仲間達を救う』ために『復讐心』を捨てる気はないらしい。『ごっちゃにして』考えていたから。

結局、エレンにとって『仲間達の死』ってなんの意味も持たなかった。

それどころか『仲間達の死』を『自分の行いの口実』として利用してる。今も昔も。

進撃の巨人1話[ 諫山創 ]

進撃の巨人1話[ 諫山創 ]

『人助けが目的』であったなら、自分の行いによって『愛する者』が泣いて苦しみ命を落とせばやめたはず。
しかしエレンは『復讐が目的』だったから、『代償』が他人に向かったところで止まる理由にはならず、それどころか『愛する者』を『復讐の道具』にさえした。前回考察したカリナさんと同じ。

進撃の巨人The Final Season完結編 第二章 罪人たち

進撃の巨人The Final Season完結編 第二章 罪人たち

一方ラムジーくんは、ハリルくんに『自分が死んだらこのお金をみんなに渡してくれ』と言いはしても『お前もやれ』なんて不安を煽ったり同じことやらせようとはしなかった。

進撃の巨人The Final Season完結編 第一章 地鳴らし

進撃の巨人The Final Season完結編 第一章 地鳴らし

彼の目的は『人助け』だったから。『愛する者』に自分と同じ痛みを味わわせようなんて考えなかった。

たとえ『同じこと』をやるとしても、エレンとラムジーくんはまったく違う。

ハンジさん、『エレンに希望を見せられなかったからこうなった』と自分を責めてたけど、ぶっちゃけその人『希望』を見せたところでどうせ潰しに行っただろうから気にせんでいいと思いますよ……

進撃の巨人The Final Season完結編 第一章 地鳴らし

進撃の巨人The Final Season完結編 第一章 地鳴らし

エレンとラムジーくんの違いをまとめると。

【ラムジーくんの場合】
自分が代償になる
→損するのは僕だけで済むんだ。続けよう。

自分ノーダメで大事な人が代償になる
→僕がしたことでみんなが傷つくなんて嫌だ。もうやめよう。

なんかミラクルが起こってみんなが助かる
→もうこれで盗みなんてしなくていいんだ。よかった。

人を愛さなかったラムジーくん
→なんであいつらのために僕が盗みなんてしなきゃいけないんだ。なんもせんとこ。

【エレンの場合】
自分が代償になる
→邪魔するヤツは誰であろうと駆逐する! オレは自由だ!

自分ノーダメで大事な人が代償になる
→なんて気の毒なことを! オレは自由だ!

なんかミラクルが起こってみんなが助かる
→オレはだまされない! 自由を奪われる前に自由を奪ってやる! オレは自由だ!

人を愛さなかったエレン
→世界も島もみんなどうでもいいから踏みつぶしてやる! オレは自由だ!

人を愛したエレン
→みんなを助けるためならみんなの自由を奪ってやる! オレは自由だ!

どないして止めりゃええねんこんなヤツ……!(そら『息の根止める』しか……)

『九つの巨人』は始祖から分裂したと言われてるけど、始祖の『復讐心』と『身勝手』から生まれたのが進撃だったんやろか……問題は『自由』と『身勝手』の区別が出来てないのと『復讐すべき相手』を盛大に間違えてることだけど……だから止まろうにも止まれない。(『進撃』ってそういう……)

同じ歴史を繰り返さないためにも『人を愛せ』とクルーガーさんに言われて憎しみを捨て人を愛したのがグリシャだったけど、エレンによって強制リセットされたのがむなしいな……

進撃の巨人89話[ 諫山創 ]

進撃の巨人89話[ 諫山創 ]

エレン、ラムジーくんに『思ってたんと違う』とか言って泣いてたけど、一番『思ってたんと違う』って泣きたいのクルーガーさんだよ!(そら化けて出るわ……)

* * *

それでは今回はこの辺で。おもろかったら下にあるイイネボタンを押していただけると元気と勇気とやる気が湧いてきます(*´ω`*)ノ

前回の考察はコチラ

アニメ進撃の巨人The Final Season完結編 第二章『罪人たち』感想と考察 カリナとライナー 自分教の大人達【ファイナルシーズン】

進撃の巨人考察一覧はコチラ

  • 金眼銀眼 より:

    とわこさん、ラムジー君との比較でのエレン考察をありがとうございます。
    マーレ編からエレンがもどかしく見えたのは、相手の意見を受け入れて自分を矯める事をせず、何事も自分が正しい主義が顕現(100%)して、思考が固定されて不自由になったからなんですね。
    両親が生きていた頃から変わらずにあった命よりも自由重視は、その自由とは何かを考えず、自分の邪魔をするものが無くなれば、それが自由なんだと勘違いを育てた。人類の希望と言われた事も、エレンの自意識を増長させたかもしれませんが、これがアルミンなら目的と手段を間違わなかったと感じます。
    「進撃の巨人」という作品は、自分がどの立場かによってエレンの印象が変わり、それに伴い他の登場人物の印象も違うのかもしれません。自由という概念の他に、自分の意見に固執する人の頑なさを、私は感じました。

    • とわこ より:

      コメントありがとうございます!
      結局、エレンって『固定された思考』に囚われて不自由になっていたけど、エレンをよく知らない『無垢なる羊』にとっては、その頑なさが力強いカリスマ経営者っぽく見える。
      一方『一つの思考』に囚われることがなかったから自由だったのがハンジさんやアルミン。だけど『傲慢な豚』にとっては不都合な存在に見える。
      『奴隷の馬』にしてみれば、前者は良い・悪いは別として自分に生きる意味(仕事)を与えてくれるけど、後者は遠いあこがれ。
      3期のEDの『立ち位置が変われば正義は牙をむく』の言葉通り、見方を変えるだけでエレンは『傲慢な豚』にも『奴隷の馬』にもなっていたり、痛烈な皮肉が秘められた作品でしたね……

  • ちょこ より:

    エレン自己中は同意
    本来ならミカサと逃げて子供も作れないジークの世界になって若くして死ぬはずだったのに
    それを捻じ曲げて仲間が生き残って少ない人類を生かしてユミルの想いも解放してあげて
    ミカサには引きずって欲しいから犠牲になって
    ほんと自己中だよね

コメントする

※コメントとお名前は必須です