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進撃の巨人 ヒストリアは妊娠してからその後の三年間何をして最終回に至ったのか・前編【小説】

進撃の巨人 アイキャッチ

今回も考察ではなく過去考察を元にしたヒストリアの一人称の小説となっております。
エレンに会った後、妊娠してからの期間と、子供産まれてからのその後となる3年間をどう過ごし、最終回に至ったのかのお話。
今回は前編。妊娠期間中のお話となっています。

  • 最終回のネタバレ含みます
  • 過去の考察を元に好き放題に書いてます。いわゆる『二次創作』というやつになるので、興味ない人、苦手な人はお引取りください
  • 必要なのは『こまけぇこたぁいいんだよ!』の精神

世界一の悪い子

1.悪い夢

「私が……子供を作るのはどう?」
意見を変えないエレンに、私はこう言った。
さすがにこんなこと許せるわけがないだろう。自分のバカげた計画に、子供を利用するだなんて。
そう思っていた。
予想通り、エレンは驚いた顔をしたが――すぐに安堵した顔で、
「――なるほど。たしかにそれなら、わざわざ逃げなくても継承を回避出来る。ありがとう、ヒストリア」
――へっ?
「でも子供ったって、恋人いたのか? 初耳だな」
なに言ってるのこの人?
「え……あ、ああ、その、ちょうど、気になってる人が……」
驚きすぎて、とっさに話を合わせてしまった。
『気になってる人』がいるのは本当だった。
昔、私に石を投げてきたヤツが、こそこそとこの牧場で働いているから『気になってる』だけ。口を聞いたこともない。
だけどエレンは、まるで『親切な友人』のような顔で、
「じゃあ、今からでも告白してこいよ。不安なら、オレも近くで見ててやるから」
なんでそんな平然としてるの?
さっき、かっこいいこと言ってたじゃない。
私が好きで言ってくれたんじゃないの?
「オレはもうじきマーレに行く。ジークが島に来てからじゃ手遅れだ。だから子供を作るならその間に――」
エレンは、これからの行動や計画を言っていたような気がしたが、まるで頭に入ってこなかった。
なぜか、エレンの形をした別の世界の住人がしゃべっているように見えた。
目の奥がガンガン痛み、相手の言葉に理解が追いつかず、自分が立っているのかどうかもわからない、ふわふわした感覚。
ねえ、エレン。
私、『子供作る』って言ったんだよ?
あなた、ついさっき私に『島の生け贄になる子供を産ませない』って言ったよね?
『あなたの都合のいい子』は産ませるの?
私が親に利用された子だって、知ってるよね?
どうして叱ってくれないの? 『そんなことに子供を使うな』って。
叱ってよ。
叱って、私をさらってよ。私のために『悪者』になってよ。なんで私を『悪者』にしようとしてるの?
なんでそんな『他人事』みたいな顔してるの?
ねぇ?
冗談にしちゃ笑えないよ?
ホントに作っちゃうよ?
止めるなら今だよ?
止めなさいよ!
ねえ!

……正直、そこから一、二か月の記憶はあまりなかった。
気がついた頃には、呼び出された兵団支部で説教を食らっていた。
「――聞いていますか? あなたには、女王としての自覚がなさ過ぎる!」
私の反応の薄さにしびれを切らしてか、ローグさんは少し声を荒げた。
隣にいたピクシス司令が彼の肩を叩き、
「ローグ、少し落ち着かんか」
「司令がそうやって甘やかすからです。たしかに年の葉も行かぬ少女を女王に祭り上げた責任は我々にある。とはいえ、民には関係ない。女王になった以上は、身の振り方というものを――」
そう言いつつも、ローグさんは司令を気にして、声のトーンは少し抑え気味にし、こんこんと説教を垂れた。
「――もうそのくらいにしろ。女王陛下のお体に障るだろう。胎教にも悪い」
ナイルさんの言葉に、改めて、自分は妊婦として扱われていることを実感する。
……果たしてあれは、自分だったのだろうか?
あの後の私の行動は、自分でも信じられなかった。
例の彼に近づき、まるで好意を持っているかのように、一気に距離を縮めた。
しかし、日に日に仲は良くなれど、手を出す気配のない彼にしびれを切らし、酒に酔わせてやった。
お互い我に返ったのは、事が終わってからだった。
土下座してひたすら謝る彼を、私はやさしく許してやった。
今思うと、エレンへの当てつけだったのだろうか? 他の男との仲睦まじい姿を見せつけてやれば、嫉妬のひとつでもして、後悔してくれると期待でもしたの?
しかしエレンはあの後、一度も私の前に顔を出すこともなく、そのままマーレに行ってしまった。まるで私への用事はあの一日で済んでしまったかのように。
私の浅はかな期待は、もろくも崩れ去った。
その後だった。体の異変に気づいたのは。
……まさか、こんなあっさり出来るなんて思ってなかった。
赤ちゃんなんて、そんな簡単に出来るもんじゃないと思っていたのに。
しかし医者に『おめでとうございます』と言われた時は目の前が真っ暗になり、すぐ隣で、驚き、戸惑い――そして喜んでいる彼に、軽く苛立ちを覚えたくらいだ。
「陛下、申し訳ありませぬ。彼は『立場』というものを重視しておりましてな。他人にもそれを求めるものですから、厳しくなってしまうのです」
「いえ……ごもっともで、返す言葉もありません」
気がつくと、ローグさんはナイルさんと共に退室していた。ピクシス司令の詫びに、それっぽく返しておく。
……ちゃんとした手順を踏んでいれば、きっとみんなから祝福されただろうに。この子を、最悪のタイミングでやってきた『やっかいな子』にしてしまったのは私。
「まあ、出来てしまったものは仕方がありません」
これまで、窓際に立って外を見ていたザックレー総統が口を開いた。
彼はこちらに振り返ると、
「女王陛下のご懐妊、本来なら国を上げて祝福したいところですが……このご時世です。どこに敵のスパイが潜んでいるかわかりません。あなたと、お子さまの身を守るためにも、当面公表は伏せさせていただきます。そこはご理解いただきたい」
「はい……」
「ですが、新しい命の誕生。それはめでたいことです」
顔を上げると、彼は笑みを浮かべ、
「面倒くさいことは我々に任せ、まずは体を労ってください。あなたは、その子を無事に産むことだけを考えればいい」
「……ありがとう……ございます」
感謝の言葉を告げると、私は護衛と共に支部を後にした。
わかっている。彼らが私にやさしいのは、私に巨人継承させる後ろめたさがあるからだ。
私は、私を食うための子を産む。彼らは、いずれこの子に私を食わせる。
それは事実だ。
だけど彼らは信じている。あの日『巨人継承する』と言った私を。
私を信じているから、私の身勝手を『若気の至り』と許してくれているのだ。
本当は違うのに。
むしろローグさんのように、真っ向から責めてくれたほうが気が楽なくらいだ。もしかすると、この妊娠の『動機』を疑ってすらいるかもしれない。
しかし直接こちらに疑念をぶつけてこないのは、彼が『大人』だからだろう。
結局私は、子供なのだ。
私が『子供』だから、『大人』の彼らは守ってくれる。
私は彼らをあざむき、その『信頼』を利用する『悪い子』だ。

妊娠発覚以来、例の彼はますますやさしくなった。
私が牛の世話に行こうとしたらすっ飛んできて、自分が代わりにやると言って仕事を次々取り上げた。
これまで私に甘えてきた孤児達も、私に赤ちゃんが出来たことを大喜びし、自分達で出来ることは自分達でしようと、張り切ってお手伝いをするようになった。
おかげで私はすることがなくなり、考え事の時間が増えてしまった。
本当なら、それは喜ばしいことのはずなのに。
愛する人と結ばれて、子を宿し、周囲がそれを祝福し、楽しみに待ち望んでくれる。幸せな期間だと思っていたのに。
なのに私ときたら、まったく逆だった。愛してもいない男を騙して子を作り、やさしくされればされるほど、罪悪感で胸が苦しくなる。
せめて何かしていれば少しは気が紛れただろうに、それすら出来ない。
庭先で揺り椅子に座って、乾いた洗濯物を取り込んでいる子供達の姿を眺めていると、自然とこの先のことを考えてしまう。
……エレンは本当にやるんだろうか。『世界を滅ぼす』だなんて。
そんなことするわけがない。今、マーレに行っているということは、そこにいる人達の顔を見ているはずだ。
それを見てなお、踏みつぶすなんて。そんなひどいこと出来るわけがない。
「ヒストリアーーーーー!」
名前を呼ばれ振り返ると、洗濯かごを抱えて、子供達が駆け寄ってくる姿が見えた。
お仕事出来たよと、どこか誇らしげな顔に、自然と頬が緩む。
そうだ。エレンはやさしい人だ。ここにいる子供達とも遊んでくれたじゃない。
『世界を滅ぼす』ということは、こことは別の場所にもいる子供達をも踏みつぶすってことでしょ?
そんなこと出来るはずがない。きっと何も出来ずにマーレから帰って――
次の瞬間だった。
突然降ってきた巨大な足が、一瞬で子供達を踏みつぶしたのは。

「――――っ!」
飛び起きると、ぐらぐらと体が揺れた。
全身から冷たい汗が噴き出し、心臓が早鐘のように鼓動する。
「……ヒストリア?」
「どうしたの? わるい夢みたの?」
荒い呼吸を繰り返し、たまらず胸を押さえる。
ようやく顔を上げると、子供達が心配そうな顔でこちらを囲んでいた。
飛び起きた拍子に、ぐらぐら揺れていた揺り椅子が動きを止める頃には、なんとか状況を把握した。
「ヒストリア?」
「あ、ああ、もう大丈夫。ヘンな夢見てたみたいだけど、忘れちゃった」
子供達に、無理矢理笑顔を見せる。
……そう。ただの夢だ。
悪い夢だ。
世界を滅ぼすだのなんだの、最近こんなことばかり考えているから、夢に見ちゃうんだ。もう考えるのはよそう。
第一あのエレンが、そんなだいそれたことをするのも、そんなひどいことも、するはずないでしょ。
彼の目的は、私達を救うことなのだから。
でも――それなら――
胸の奥底が、ちくりと痛む。
それはあの時の、避けられない現実。考えずにはいられない矛盾。
それなら――どうして『子供を作る』と言った私を、止めてくれなかったの?

きっとエレンは、なにも出来ずに帰ってくる。そんな都合のいい妄想で自分を慰めていたある日のことだった。
エレンが、マーレで失踪したという知らせが届いたのは。

2.殺す勇気

――お前さえ産まなければ――

「――――!」
その声に、一瞬で意識が覚醒した。
そしてすぐに、ああ、またか、と、いつもの夢であることを思い出す。
しかしわかってはいても、全身は嫌な汗でぐっしょりと濡れ、心臓が激しく鼓動する。
近頃、頻繁に見るようになった夢だった。
いや、夢じゃない。実際にあったことだ。
幼い私への、母からの最期の言葉。
「……ヒストリア? 大丈夫かい?」
隣のベッドで寝ていた彼が、寝ぼけ眼で訪ねてくる。
「……大丈夫。なんでもない」
「一緒に行こうか?」
「いい。寝てて。水飲んでくるだけだから」
相変わらず彼はやさしかった。彼がやさしければやさしいほど、自分の罪の重さに押しつぶされそうになる。
台所に行くと、水瓶から水を汲み、一気に飲み干す。

――お前さえ産まなければ――お前さえ産まなければ――お前さえ産まなければ!

何度も何度も、その言葉が頭の中に響いてくる。
壁にもたれ、そのままずるずる床にへたり込むと、膨らんできたおなかに手を触れる。
エレンが失踪したと聞いてからだった。この子は産んではいけないと考え始めたのは。
下へ向かう階段を前に、ここから転げ落ちてやろうかと考えたこともあった。『自分のせいだ』と泣き叫ぶ彼の姿を容易に想像出来たので、出来なかったが。
もしかすると、エレンは本気なのかもしれない。
でも――だったらどうすればいいの? 兵団に言うの? 彼が失踪した理由を。
そうすれば、兵団はどうする?
エレンをそのままにしておく?
そんな危険思想を持つ者に、この島の命運を握らせたままに?
でも、もしかしたら――ミカサ達が、エレンを見つけて阻止してくれるかもしれない。
少なくとも調査兵団の仲間達なら、エレンを守ってくれる。エレンだって思い直すはずだ。
なのに私が先走って余計なことをしちゃ、台無しになっちゃう。
そうだ。きっとそう。

結局、私はまた逃げた。自分に都合のいい妄想に。
すべての責任を、他人に丸投げして――

サシャが死んだ。
その日はつわりがひどいからと言って、寝室に引きこもった。本当は妊娠してから今まで、びっくりするほどつわりなんてなかった。今もそうだ。ああ、この子はなんて『いい子』なんだろう!
いい子すぎて、私が嘘つきにならなきゃいけないじゃない!
「――ヒストリア。大丈夫かい? なにか食べたほうが――」
「――うるさい! あっち行って!」
ドアの向こうの彼の声に、思わず怒鳴ってしまった。
彼はただ、こちらの体を心配をしているだけ。わかっている。そんなことはわかっている。
なのにこちらの気も知らず、のんきに体を気遣うそのやさしさが、今はただただ腹立たしかった。
目の奥が痛い。
泣いてはダメだ。私には泣く資格なんてない。サシャを殺したのは私。レベリオで、大勢の民間人を殺したのも私。
私が最初から、ちゃんとエレンを止めていれば、誰も死ななかったのに。
なのに私は、他人に丸投げした。誰かがエレンを思いとどまらせてくれると、虫のいい期待をした。
他人の言葉で思いとどまるくらいなら、あの日の私の説得でとっくに思いとどまってたはずじゃない! なんてバカなの!
泣いちゃダメだ。
枕に顔をうずめ、涙を必死にこらえる。だけど抑えきれなかった。耐えきれずに涙があふれだし、喉の奥から嗚咽が漏れてくる。
ダメだ。声を出してはダメだ。彼に聞かれるかもしれない。
それだけはダメだ。私が泣いているなんて知れば、きっと彼は心配して、ずっと私の側を離れない。誰にも聞かれてはいけない。
シーツを口にくわえ、思い切り噛み占める。これで少しは音も漏れないはずだ。
結局私は涙をこらえきれず、ひたすら泣いた。
枕に顔を押し付け、口はシーツでふさぎ、静かに泣いた。
どれくらいそうしていただろうか。
いつの間にか眠っていたらしく、窓の外は薄暗くなっていた。
もう、なんの感情もわかなかった。それから私は、毎日を無気力に過ごした。戸惑った子供達は、私から距離を取るようになった。彼だけは、相変わらず私の体調を気にかけ、やさしかった。
サシャの死から一か月経った頃だった。ザックレー総統が亡くなったと知らせが届いた。エレンの信奉者による爆弾テロだという。
私の妊娠を知った時、困りつつも、それでも『めでたいことだ』と言ってくれた総統の笑顔を思い出す。
もう、涙すら出なかった。

エレンの声が聞こえた。
すべてのエルディア人に向けての、一方的な宣言。
その直後にすべての壁が崩壊し、壁の中の巨人が歩き始めた。
近くの街の様子を見てきた兵士の報告では、壁の崩壊により多くの犠牲者が出ているという。
しかしもっと信じられなかったのは、多くの犠牲者が泣いているその横で、戦勝パーティーが開かれているということだった。飲めや食えやのお祭り騒ぎだったという。
狂ってる。
大勢、人が死んでるのに。
どうして、そんなひどいことが出来るの?
誰も、泣いてる人達に寄り添ってあげないの?
でもホントはわかってる。私も、歩いていく巨人の群れを遠巻きに見たから。
あんな強大な力を見せつけられて、逆らえるわけがない。信奉するしかない。
狂うしかない。
ひざまずき、奴隷になるしかない。
人類は、巨人には勝てないのだから。

壁が崩壊してから二日後の昼過ぎ、少しずつ詳細が届き始めた。どうやら壁の崩壊の直前、シガンシナ区にマーレの襲撃があったという。
その最中、大勢の兵士が死んだらしい。
兵士が死者のリストを持ってきたが、こちらに見せるのをためらっていた。臨月の妊婦の体を気遣ったのだろう。
しかし『女王の命令だ』と言って、半ば強引にリストをひったくった。
……女王の仕事なんてまったくしていないのに。こういう時だけ『女王』を振りかざすなんて。
自分で自分に反吐が出そうになる。
一枚で収まりきらなかったリストに目を通し――程なくして、背筋が凍り付き、足が震えてその場にへたり込む。
そこには、知ってる名前ばかりがずらりと並んでいた。何しろ犠牲者の名前が、兵団上層部ばかりだったからだ。
ピクシス司令も、妊娠した私を叱ったローグさん、かばってくれたナイルさんの名前もあった。
どうしてこの人達が、こんないっぺんに?
「……ジークの脊髄液入りのワインをばらまかれ、それを口にした者がみんな巨人にされたそうです。放っておくわけにもいかず、殺すしかなかったと……」
私の表情を読み取ってか、兵士が苦々しい顔で教えてくれた。
私を巨人にしようとした人達が、巨人にされて死んだ。
なんなのそれ。まるで『仕返し』みたいじゃない。
私、そんなの望んでない!
震える指で、リストの最後の一枚をめくると、もっと信じられない名前があった。
「う、そ……」

ハンジ・ゾエ
リヴァイ

リストの最後のほうに、この二人の名前が並んでいた。
うそだよ。こんなの。
なにかの間違いだよね?
どうにか出来なかったの? エレン?
みんな、どうでもよかったの?
全部、壊さなきゃいけなかったの?
あなたは何がしたいの?
これでもまだ『私達のため』だなんて寝言言うの?
じゃあどうして私、こんなに苦しいの?
どうして私を苦しめるの?
わかんない。
わかんないよ。
「ヒストリア、大丈夫かい? 少し横になったほうが……」
顔を上げると、心配そうな彼の顔があった。
相変わらず、彼はやさしい。
でもこのやさしさは、どうせ過去の自責の念だ。私にやさしくして、過去の悪さを帳消しにしたいんでしょ?
だけどあなたは、私に石を投げたクソ野郎。その事実は変わらないの。
いっそのこと、全部ぶちまけてやろうか? 『別の男の頼みで近づいただけだ』って。『子種さえいただければ誰でもよかった』って。
そうすれば、その善人ヅラの仮面を投げ捨てて、怒り狂って私を殺してくれる? おなかの子、もろとも。
この子さえいなければ! 私は今ごろ巨人継承して、『立派な女王さま』としてみんなから尊敬されて、この島の頂点に君臨して! エレンにも、イェーガー派? だのにも好き勝手させたりしなかったのに!
この子さえいなければ!
……ああ、また人のせいにしてる。

――こいつを殺す勇気が、私にあれば――

また、かつての母の声が聞こえてきた。
わかってる。全部私のせい。
サシャやザックレー総統、ピクシス司令達も、ハンジさんも兵長も、私が殺した。
たくさんの仲間を殺した。
私にやさしくしてくれた人達、守ろうとしてくれた大人達、みんな殺した。守らなきゃいけない、大勢の民を壁の下敷きにして殺した。そして今、海の向こうにいる数えきれない大勢の人たちも、私が殺しまくってる。
もっと早く、兵団にすべて打ち明けてしまえばよかったんだ。
それもこれも、勇気がなかったからだ。
エレンを殺す勇気が、私にあれば。
お父さん、お母さん、やっぱり私はあなた達の子です。私に、あなた達を責める資格なんてありませんでした。
ユミル。約束破ってごめんなさい。
私、あなたが一番軽蔑する悪い子になっちゃいました。

――ドクンッ……

突然、胎動を感じた。
――あれ……?
大きくなったおなかに手を触れる。
待って。ちょっと早いんじゃない? でもこれって……
「ヒストリア!?」
痛みに耐えきれず、おなかを押さえてうずくまる。
間違いない。
この子、こんな時に産まれようとしてる!

お産は難航した。
陣痛は激しくなったり弱くなったりを繰り返すばかりで、日が沈んでずいぶん経っても、赤ちゃんは出てくる気配がなかった。
これは長丁場になりそうだと、医者と助産師の言葉が聞こえた。それはつまり、この痛みもそれだけ長く続くということだ。
これまで、つわりもなく『いい子』だったのに。ここに来て、私を苦しめるの?
でも、そうだよね。怒ってるよね。
自分は散々愛情を欲しがっといて、私はあなたに愛情も何も与えないんだもんね。
ひどすぎるよね。
こんなひどいお母さんなら、いないほうがいいよね。
『あなたさえいなければ』とか、そんなこと考えちゃってごめんなさい。
本当はわかっていたの。いなくなるべきは私だって。
あなたは何も悪くない。私の身勝手に振り回されただけの『かわいそうな子』。
「ヒストリア、がんばるんだ。がんばるんだ……」
彼は何度も同じ言葉を繰り返しながら、苦しむ私の背中をさすってくれた。自分が産むわけでもないのに、とても苦しそうな顔で、目に涙を浮かべて声をかけ続けてくれる。
私は、勝手にあなたのやさしさを疑って、あなたを傷つけようとしたのに。あなたが私を笑わせようと必死だったこと、知ってたのに。
あなたのようなやさしい人に、人殺しになってくれだなんて。この人にそんなこと、出来るはずがないのに。
ごめんなさい。
私はもうじきいなくなるけど、大丈夫。あなたにはこの子がいる。
あなたなら、一人でもきっと大事に育ててくれるよね?
私はこれから、自分の命と引き換えにこの子を産む。それで私の役目はおしまい。
それでいいんでしょ? エレン。
「――『おしまい』じゃねーよバーーーーーーーカ!」
――え?
思わず目を見開くと、もう何年も会っていない懐かしい顔がそこにあった。

〈後編につづく〉


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