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進撃の巨人 ヒストリアは妊娠してからその後の三年間何をして最終回に至ったのか・後編【小説】

進撃の巨人 アイキャッチ

今回も考察ではなく過去考察を元にしたヒストリアの一人称の小説となっております。
エレンに会って妊娠してからの10ヶ月から、子供産まれてからその後となる最終回までの3年間、ヒストリアがどう過ごしていたかのお話。
今回は後編。どんな感じで最終回に至ったのかまで。

前編はコチラ

進撃の巨人 ヒストリアは妊娠してからその後の三年間何をして最終回に至ったのか・前編【小説】

  • 最終回のネタバレ含みます
  • 過去の考察を元に好き放題に書いてます。いわゆる『二次創作』というやつになるので、興味ない人、苦手な人はお引取りください
  • 必要なのは『こまけぇこたぁいいんだよ!』の精神

世界一の悪い子

3.あなたしかいない

――ユミル? なんで?
間違いない。ユミルだ。じゃあ私、死んじゃったの? ここって『あの世』なの?
混乱する私をよそに、ユミルは呆れた顔で、
「お前、性懲りもなくまーた死のうとしてんのかよ? 私との約束は忘れたのか?」
――だって私、生きてちゃダメだよ。とんでもないことしでかして、のうのうと生きてなんかいられない。もう約束どころじゃないの、ユミルだってわかるでしょ?
「ああそうだ。お前は私の願いを裏切った。だがなぁ、生きてる限り『約束』は終わらない。お前に約束を果たす覚悟があれば!」
――それって、今からでも約束を守れってこと? そんなの無理だよ。手遅れだよ!
「手遅れでもやらなきゃいけねぇんだよ! 今から!」
――今から? 今から私に何が出来るの? わかんない。わかんないよ!
「じゃあ私が、これからお前がやることを具体的に教えてやる。いいか? お前はただ、一人の誠実な男を好きになり、そいつとの子を身ごもった。それがたまたまタイミングの悪い時期だった。それだけだ!」
――え? でも私、あの人のことは……
「うるせぇ! とにかくお前は、エレンのクソ野郎のことなんか知らぬ存ぜぬだ! 考えてもみろ! おまえが『正直者のいい子』になって、それで誰が幸せになる? お前だけだろうが! お前だけが幸せになって、あの男は不幸のどん底にたたき落とされる! アルミン達もさぞかしショックだろうよ。仲間と信じてたはずのお前が一番の裏切り者だなんて。ミカサは殺しに来るだろうなぁ? あのおっかねぇ兵長も、お前を女王にしちまったケジメをつけに来るかもよ? あの二人相手にお前を守るなんて、軍隊だろうが巨人の群れ用意しようが不可能だ」
ユミルはそう言って笑いながら、首を斬るジェスチャーをする。
「なにより民も黙っちゃいねぇ。エレンを止めることもせず、だからといって率先して参加したわけでも、仲間を助けることも、民のために何かしたわけでもない『無能な女王さま』なんかいらねぇで、全方面からポイされておしまいだ」
――そうだよ。私、なんにもしなかった。それは事実なんだから、みんなから捨てられたって文句言えないよ。
「だから私が拾ってやるって言ってんだ! いいか、ヒストリア。島の外で、大勢の人が虫けらみたいに踏みつぶされて死んでいる。なのにこの島の連中ときらた、人にそんなひどいことやらせて喜んでいるときた」
――だって世界は、この島を滅ぼそうとしたから。
「ああそうだ。やられたらやりかえす。世界はずっとその繰り返しだった。なにしろやられっぱなしじゃナメられる。ひざまずいたら奴隷。人としての尊厳を守るためには、滅ぼし合うことこそが『正しいこと』だと思っていたからだ。だがなぁ! そんな正しさはクソだ! お前はこれから、そのクソみてぇな『正しさ』にケンカ売る、超悪い子にならなきゃいけねぇんだよ!」
――無理だよ! 私にはそんな力ないよ! 『正しさ』と戦うなんて!
「人類史上、一番悪いことしたヤツが、今さらなにいい子ぶってやがる! とっくに手遅れなんだよお前は! それだけお前がしたことは悪すぎた! 甘ったれるな! お前はもう、自分のために生きることも、あの世に逃げることすらも許されねぇんだよ! だったらとことん悪党になって、世界中を騙し抜け! そのためには、どんなにみっともなくても、お前は『女王さま』の椅子にしがみつくしかねぇんだよ!」
ユミルは私の両肩をつかみ、泣きそうな顔で、
「お前がいなくなったら、投げられた石のつぶては誰が受け止める? 誰に投げられる? お前はこれから、島中、世界中の子供達の盾となって、そのつぶてを全身で受け止めなきゃならねぇんだよ! お前はもう『母親』なんだぞ!?」
――母親……私が……
「私は、ずっと見ている」
肩から、ユミルの手が離れた。その瞬間、本当の『お別れ』を直感した。
「お前は一人じゃない。進み続ければ必ず味方は現れる。だから――お前を泣かせた最低のクソ野郎のために死ぬよりも、お前のために泣いてくれる最高のバカのために生きろ! ヒストリア!」
――ユミル? 待って! ユミル!
「――あ、言い忘れるところだった。あのクソ野郎、死んだぞ」

「――ヒストリア!? ヒストリア!」
私を呼ぶ声が聞こえた。
ぼんやりとしたまま、声がする方角に頭を傾け――ぎょっとした。
そこには、涙と鼻水で顔をグシャグシャにした彼がいた。
彼は、こちらの手を握りしめたまま、
「ヒストリア! よがっだ……よがっだよおぉぉぉぉぉぉぉ〜!」
まるで子供のように、わんわんと泣いていた。
「――ああ、よかった! 一時はどうなるかと!」
助産師の安堵する声が聞こえ、ようやく状況がわかってきた。私、ホントに死にかけてたんだ。
「ヒストリアァァァァ〜〜〜!」
「ああもう、顔拭いてください!」
呆れ顔の助産師にタオルを投げられ、泣きわめく彼は慌てて顔を拭き――顔を上げると、ニカッ、と満面の笑顔を見せた。泣き腫らした真っ赤な顔を。
この人、ずっと側にいてくれたんだ。
出来ることなんて何もないのに。
なのに私の側にいて、私の手を握って、私のために泣いてくれていた。
なのに私、死のうとしてた。
私を泣かせたクソ野郎のために。
バカみたい。
バッッッッッッッッッッッッッッッカみたい!
「さあさあ。抱いてあげてください。元気な女の子ですよ」
その言葉にハッとなる。見下ろすと、大きかったおなかがぺたんこになっていた。
そして顔を上げると、真っ白なおくるみにくるまれた、真っ赤な顔の赤ちゃんがいた。
もうすでに泣いた後だったのか、静かに眠る赤ん坊を、助産師はゆっくりと私の胸の上に置いてくれた。
恐る恐る、そのぷにぷにした頬をつつき、小さな手のひらに指を触れると、握り返してきた。
「ちっちゃぁ……」
あまりの小ささに、涙が出てきた。こんな小さな体で、懸命に生まれてきてくれたんだ。
なのに私、迷ってしまってごめんなさい。あなたを産むべきじゃないだなんて。
こんなお母さんでごめんなさい。全部自分のせいなのに、あなたのせいになんかして。
こんな私なんかのところでも、来てくれたこと。ありがとう。
顔を上げると、彼と目が会った。
『世界一の幸せ者』のような顔をしていた。
今、世界ではあまたの命が踏み潰され、地獄と化しているのに。そんなことは考えもせず、目の前の命の誕生に感激し、のんきに幸せに浸っている。
私は、そんな彼に微笑みかけ、言った。
「おなかすいた」
その言葉と同時に、腹の虫が鳴った。
彼は一瞬、驚いた顔をし――
「そ、そうだね! 昨日から丸一日、何も食べてないもんね! すぐ何か作るから!」
立ち上がると、慌ててキッチンへ向かう。
空腹を感じたのは久しぶりだった。妊娠してからずっと食欲が湧かず、最近はロクに食べていなかった。

――あのクソ野郎、死んだぞ。

ユミルは、どうして最後にそんなことを伝えたのだろう?
エレンが死んだ。始祖の巨人が死んだ。でも、エレンが勝手に死ぬわけがない。誰かが殺した? 誰が?
「あ……あああああ!」
そうだ。世界を滅ぼす。そんなことを黙ってやらせるわけがないのだ。あの人達が。
元祖、正しさにケンカ売る最高のバカ集団なのだから。
すぐさま兵士を呼ぶと、ジャンの実家へ行き、彼の家族や親族を秘密裏に連れてくるよう命じた。予感通りなら、これから彼の家族がどんな目に遭うかわからない。
そしてラガコ村にも人を向かわせた。無人のはずだが、始祖の巨人が死んだことで、巨人にされたコニーの母親がどうなっているか、確認しなくては。
「――ヒストリア、出来たよ」
指示を出した兵士が慌ただしく出て行くのと入れ違いに、彼が料理の乗った皿を持って現れた。
ハムとチーズ、たっぷりの野菜を挟んだサンドウィッチが運ばれてくると、両手でつかんでかぶりつく。
決めた。私は世界一の嘘つきで、世界一の悪い女になる。
加害者のくせに、なに被害者みたいなツラしてたんだろう。なに『世界一不幸な女』に酔っぱらって、死ぬことばかり考えてたんだろう。あんな口ばっかな男のために! バッカみたい!
それもこれも、ユミルのせいだ。あなたが私を置いてっちゃうから! まんまと、あんなクソ野郎の『都合のいい子』になっちゃったじゃない!
ああ、ユミル! やっぱり私にはあなたしかいない!
「おいしいかい?」
「少ない! もっと持ってこい!」
「ええ!?」
ぺろりと平らげると、カラになった皿を突き返す。
それから私は、とにかく食べた。
行儀なんてあったもんじゃない。パンにかぶりつき、ミルクを一気に飲み干し、チキンだって手づかみで食らいつき、口が油まみれになるのも服が汚れるのもお構いなしに骨までむしゃぶりついた。スープも器に直接口をつけてかき込む。
ちらりと周囲を見渡すと、みんな唖然としていた。しかしそんな中で、彼だけが、ニコニコと私を見ていた。
なんなのこの人。
こんな行儀の悪い女。ちょっとは引くとか叱るとかしなさいよ!
それなのに! なに追加のイモ持ってきてんのよ!
「まだいるかい? 全部食べていいからね!」
なんでそんな嬉しそうなのよ? 私はあなたを利用した、とんでもないクソ女なのよ?
あなたは、そんなことも見抜けないダメ男。
私は、クソ野郎に引っかかったダメ女。
ダメダメ同士で、まるで似た者夫婦じゃない!
「……ごめんなさい……」
「えっ?」
気がつくと、喉の奥から声が漏れていた。
ふかしたイモにかぶりつき、口いっぱいに頬張ると、自然と涙が溢れてきた。ああもう。イモなんか見たら、嫌でもあの子を思い出しちゃうじゃない。ユミルと三人で、他愛ないおしゃべりしたっけ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「ヒストリア?」
一体何に謝っているのか、自分でもよくわからない。謝る先が、あまりに多すぎた。
だけど一度流れ出すと、涙も言葉も止まらなかった。ついでにイモを口に運ぶ手も止まらなかった。きっと今の私、すっごく汚い顔してる。
なのに彼は、私の背中をやさしくさすりながら、
「なにに謝ってるのかよくわからないけど……食べるか泣くか、どっちかにしよう? イモは逃げないから」
「逃げるわよバカ……」
我ながら意味不明なことをうめきながら、次のイモを手に取り、かぶりつく。
ああ私、生きてる。

それからは忙しい日々が続いた。
娘の世話と同時に、島の状況の報告が毎日のように届いた。壁の崩壊による死者、行方不明者の数は毎日増え続け――かつて壁が破られ、巨人に侵入された時のシガンシナ区とトロスト区の犠牲者の数を軽く超えた。
そのさなか、詳細は公表されなかったが、港でイェーガー派とマーレの残党との戦闘が起こったことが知らされた。そのマーレの残党の中に、死んだと言われていた調査兵団のハンジ団長をはじめ、リヴァイ班のメンバーが混じっていたということも。日付を確認すると、私が産気づいた日だ。
ああ、やっぱりそうだ。
あの人達が、簡単に死ぬわけもなければ、指をくわえて見ているわけもなかった。
……ごめんなさい。嫌なことをさせてしまって。
でもせめて、あなた達の家族は守るから。いつかあなた達と再会して、堂々と生きていけるように。

「……ねぇ。子供の頃、どうして私に石投げたりしたの?」
「え?」
彼にそんなことを聞いたのは、娘の首がすわった頃だった。
娘をあやしている彼の姿を眺めていると、急に気になったのだ。
しかし、彼は驚いた顔で、
「なに言ってんだよ? 最初に話したじゃないか」
「え?」
「ほら、初めて話をした時……」
今度はこちらが驚く。そして慌てて、
「あ……ああ、そうだったわね。うん、そういえばそうだったかも!」
実のところ、よく覚えていない。
まったく止めてくれないエレンにショックを受けて、あの頃の記憶はほとんどなかった。
彼は心配そうな顔で、
「大丈夫かい? まさかお産の後遺症で記憶が――」
「だ、大丈夫! その、もう一回、あの時のこと聞きたいなー、って」
「ええっ?」
彼は困惑していたが――少し恥ずかしそうに、
「しょうがないなー……えぇと、ほら。キミ、柵の外にちっとも出てこなかっただろ?」
「柵?」
「いっつも柵の向こう側にいてさ。馬とか牛とかとよく話してて……ああ、動物、好きなんだなって見てたんだ」
彼は近くの椅子に座り、眠っている娘を膝の上に乗せると、
「ちょっと話してみたいなーとは思ってたんだけど、俺もガキだったから。自分から女の子に声かけるのがなんか気恥ずかしくて……その……石投げたら、怒って柵の外に出てきてくれるかな、と……」

――くやしかったら出て来いよ――

そうだ。彼らは石を投げながら、そんなことを私に言っていた。
だけど私は、ただただ怖くて、話も聞かずに逃げ出した。
「その、今は反省してる! 女の子に石投げるとか、この子がそんなことされたらと思うと……! ああもう、投げるなら花とかにしとくんだった!」
顔を真っ赤にして、頭をがしがし掻く。
ぼんやりと――初めて彼と話をした時のことを思い出す。
あの時、上の空ながらも彼の話は一応聞いていたのだ。聞きながら、当時のことを思い出していた。そういえばこの人、石を投げてはきたけど、当ててはこなかったな、と。

――柵の外に出るなって言ったでしょ!

柵の外からやってきたお姉さんは、そう怒鳴って私を柵の中に閉じ込めた。
エレンは、柵の外を滅ぼすと言って、私を柵の中に置き去りに出ていった。
だけど私にはもう一人、柵の外においでと呼びかけてくれている人がいた。やり方は間違えたけど。
彼と初めて話をしたあの日、友人の分も一生懸命謝罪をし、これからは私の力になりたいと顔を真っ赤にして伝えてくるその姿に『この人ならまあいいか』と思ったのだ。決して、誰でも良かったわけじゃない。
そうだ。私は『どうでもいい男との子供』を産んだわけじゃないんだ。
なんだか、胸の奥があたたかくなってきた。
「……ありがとう」
「え?」
「私を、好きになってくれて」
そう言うと、彼はぱっと顔を明るくし――そして娘を抱きしめ、顔を真っ赤にしてうつむいた。
でもごめんなさい。あなたは二番。
一番はどうしても譲れないの。
極悪非道な女でごめんなさい。
でもこのことは、墓場まで持っていく。それが私の罪。
これから一生、私は心の底から笑うことは出来ないだろう。
だけど、あなた達が心の底から笑える世界を作らなくてはならない。それがせめてもの償いであり、私の使命だ。
きっと私は地獄に落ちる。だからユミル、もうあなたと会うことは叶わないだろう。
でも、もし――もし、もう一度あなたと会えるなら。
その時の私は、胸を張ってあなたに会える生き方が出来ているだろうか?
ねえ、ユミル。

4.石のつぶて

兵団を掌握したイェーガー派は、三つに分かれていた兵団を一つに統合した。『軍』というものを作るのだと言う。
そして『国旗』というものも作った。広げた翼の前で銃を交差させた、なんとも好戦的な旗を見て、まだ戦いに取り憑かれていると思った。
軍の代表は、私にこう要望した。
「あなたはこれまで通りでいいのです。あの孤児院で、将来、お国のために働く子供を育てる。牧場で牛や作物を育てる。節目の式典に顔をお出しいただく。これまで通り、何も変わりません」
それは私に『政治への口出しをするな』ということだった。軍が望む『女王さま』とは、いるだけのマスコット。
民からは『女王不要論』も挙がった。しかし軍はそれを許さなかった。まだスケープゴートとしての使い道があったからだろう。
……こうして比較対象が現れると、かつての兵団がいかに私を守ってくれていたのかがひしひしとわかる。
今の軍は、自分達が『いい人』になるため、私を守っている。まるで、いざとなれば親に責任を取ってもらえばいいと考えている子供だ。そこに、女王への敬意はない。
かつての兵団は、私を守るために自分達が『悪者』になってくれた。国の方針を女王である私にゆだね、その意志を尊重してくれた。
だけど、その人達を排除したのは私。
その代償として、私の情報はだだ漏れとなり、噂となって飛び交った。巨人継承が嫌でエレンをそそのかしただの、男を作って遊びほうけていただの――私が、一度は『する』と言ったはずの巨人継承をしなかったのが事実である以上、反論のしようがない。
でも今は、耐えるしかない。私には力がない。兵団という後ろ盾を失い、人心も離れた。
しかし私は、行動しなくてはならなかった。みっともなくても、女王さまの椅子にしがみつかねばならない。
だから私は、島の中を見て回ることにした。壁の崩壊による被害者に会いに。
政治への口出しは許さずとも、慈善活動には文句を言うまいと踏んでのことだったが――それ以上に、私は見に行かなくてはいけないと思った。自分がしでかしてしまったことを、この目で。
正直怖かった。夫が一緒に行くと言ってくれたが、それは許されない。出かける時は、必ず私か夫のどちらかが、娘と共に残るよう、軍から言われていたからだ。
軍は、女王と跡継ぎの姫が、同時に危険な目に遭うリスク回避のためと言ったが――本当は、私を逃がさないための人質だ。
逃げるところなんてないのに。
夫の代わりに、手を挙げたのはコニーのお母さんだった。
「女王さま、私を連れてってくださいよ。私も、理由は違えど夫と子供を二人失いました。同じような境遇の人達と、話がしたいんです」
彼女は人間に戻った後、私の牧場で名を変えて働いていた。
来てすぐは、彼女自身、なにがなんだかわからない状態だった。
当然だ。
気がつくと四年以上の歳月が過ぎていて、村はなくなり、夫と、二人の子供をいっぺんに失い、長男は島の裏切り者で、しかも行方不明だ。
実感がわかず、言われた通りの仕事をこなしながら、うつろな目でぼんやりと過ごしていた。
そんな彼女が、初めて自発的なことを言い出したのだ。同じく、名前を変えて牧場で働いていたジャンのお母さんも心配して同行を申し出たが、彼女はそれをやんわりと断り、
「あなたはどこに知り合いがいるかわからないでしょう? どうせ私を知ってる人なんて、もうどこにもいませんから。人に見られても困りゃしませんよ」
自虐的に笑う彼女の姿に、連れて行く覚悟を決めた。
そして私は愕然とした。
家も財産も失った人たちのために、仮設の住居を建てたと聞いたが、なんとも粗末なものだった。軍が資金を回してくれなかったらしい。
そして仕事も、辛い土地の開拓だった。表向きは志願者のみということになっていたが、家も仕事も失った弱みにつけ込んでの強制だった。ほとんどの人は、元の仕事や暮らしに戻るための支援を望んでいたが、逆らうと反逆とみなされるので、声を上げることさえ許されなかった。
当然ながら、みんな怒っていた。
軍に不満をぶつけることも、エレンへの怒りの声も出せない彼らは、その恨み辛みをすべて私にぶつけてきた。
それもそうだろう。何もしなかった無能な女王。それが民からの、私への評価だった。
一方的に罵られることもあれば、石を投げられることもあった。
夫と三人の子供を全員失った女性に刺されそうにもなった。
寸前のところで兵士に取り押さえられながらも、私に罵声を浴びせるその女性をひっぱたいたのは、コニーのお母さんだった。
「あんたねぇ! そんなことするんじゃないよ! 子供に教えなかったのかい? 『人を傷つけちゃいけません』って!」
彼女は怒鳴りつけると、唖然としている女性を抱きしめた。
「辛いねぇ。会いたいよねぇ。私も会いたいよ。だけど、生きてかなきゃいけないんだよ。だったらせめて、自分にお迎えが来た時、母ちゃん、あんたらの分も立派に生きたよって、胸張って会えるよう生きなきゃねぇ」
二人とも泣いていた。ああやっぱり、この人はコニーのお母さんだ。
私も泣いてしまった。泣きながら、彼女を許し、自分の無力を謝ることしか出来なかった。
みんな傷つき、泣いていた。
ケガによる後遺症に苦しんでいる人もいた。
今も家族の遺体を捜し続けている人もいた。
心を病み、自殺してしまった人もいたという。
なのにその一方で、喜んでいる人もいた。死んだ甲斐があったと。家族の尊い犠牲と引き換えに、この島が救われたのだと。まるで信仰のように『イェーガー万歳!』と、酒瓶片手に両手を挙げた。
私はそんな人を否定しなかった。そう思い込むことで、家族の死を意味あるものだったと思い込みたいのだ。生き残ってしまった自分の辛さから逃れるために。
みんな、なにかに怯えていた。島の外が滅びれば、敵がいなくなって自分達は安泰だ、なんて喜んでいたくせに。まるで小動物のように、何かに怯えて暮らしてる。
それもこれも、エレンが死んだことを知らないからだ。
なにしろエレンは、出て行ったきり帰ってこなかった。
人々の間では、エレンは破れ、世界は今、島への報復のための準備をしているといった噂が流れていた。
その一方で、世界は滅びてもう敵はいない。エレンが帰ってこないのは役目を終えてどこかで静かに暮らしているからだ、という噂もあった。
果たしてどちらが正解なのか、どちらも違うのか。知っているのは私だけ。
なんにせよ、軍がこの島を統治するのに必要としたのは『敵』だった。
敵が攻めてきた時のために、兵を増やし、増税してまで武器開発に資金を回した。おかげで人々の生活は苦しくなる一方だった。
しかし恐怖で支配された民は、軍が掲げた政策をすべて受け入れた。
果たして、彼らが恐れているのは『世界からの報復』だけなのだろうか?
本当はエレンが生きていて、しかもあの『強大な力』が健在であることではないのか? だから今でも、必死にエレンを崇拝するのだろうか? 『踏みつぶさないでください』と。
わからない。
だけど私には何も出来ない。女王さまのくせに、力がないから。
ある日、ジャンの母親から、畑の一部を使わせて欲しいと頼まれた。家族や親族と一緒に、花を育てたいのだという。
「私、考えたんですけどね。この島が花でいっぱいになれば、すてきなんじゃないかって。きれいな花畑を見て、ケンカする人いやしませんよ」
私はその要望を受け入れた。ちょうど休眠中の畑があったので、一部と言わず丸ごと使ってもらうことにした。
みんなで畑を耕しながら、息子のことをどう思っているのか聞いてみると、彼女はクワを振る手を止めぬまま、
「あの子は昔っから口ばっかな子でしてね。私の誕生日の時とか『プレゼントなんてやんねーから!』なんて言っといて、こっそりお花飾ってるんですよ。本人は『オレじゃない!』って言い張るんですけどね。兵士になる時も『中央で楽して暮らすため』なんて言って出て行ったけど、ホントは私達に、お金で苦労させないためなんです。ホント、口ばっかりなんですから」
息子のせいで自宅を追われ、不慣れな畑仕事をするはめになっているというのに、彼女の口から出てきたのは愛しい息子ののろけ話だった。
「そんな子が、よりにもよって調査兵団になっちゃって。私としては生きた心地しなかったですけどね。それでもあの子が決めたことなら、きっとそれは、私達のためになることに違いないんです。今だってそう。たとえ今は好き放題言われたって、そんなの長い人生においての風の一吹きですよ。私にはわかってますよ。ええ。あの子、根はすごく真面目なんです。真面目に、私達の幸せのために行動してくれてるんですよ。そのためには、私らも、あの子のためになることはなんだってやらなきゃ。……で、考えた結果が『お花畑作る』とか、能天気なもんですよねぇ」
でもどうせなら、食べられる花がいいですよねぇと笑う彼女につられて、私も笑った。
そうだ。花畑を作るなら、ついでに養蜂にも挑戦しよう。蜂蜜が採れれば、きっと子供達が喜ぶ。
おいしいものを食べて、怒る人もいない。

5.世界一の嘘つき

それからも私は、定期的に牧場の仕事や子育てを夫に任せ、傷ついた人達の話を聞いて回った。
来る日も、来る日も。ただひたすら。石のつぶてとなって投げられてくる彼らの悲しみ、痛み、怒り、すべてを全身に受け止め続け――一年、二年と過ぎていった。
すると不思議なことに、私の周囲に人が集まるようになった。
何かをしたわけでもない。
彼らの暮らしを良くすることが出来たわけでもない。
しかし、石を投げられることがなくなり、訪ねた私を笑顔で出迎えてくれるようになった。以前、私を刺そうとした女性が、摘んできた花を贈ってくれた時は、たまらず泣いてしまった。

いつもの行脚の最中、一人の若い兵士に声をかけられた。私と同じ訓練所の出身で、彼自身もシャーディス教官の元で教わったと教えてくれた。
シャーディス教官は、行方不明だと聞いていた。シガンシナで当時訓練兵だった彼とその同期達を巨人から救い、その後どこかへ姿を消したという。
遺体が見つからず、かと言って生存も報告されていない。亡くなったのだろうかとつぶやく私に、眼鏡の彼は笑いながら、
「まさか! どうせ今頃、どこかから我々を見張ってるに決まってますよ。自分が教えたことを忘れてないかって。私もあの人の頭突きは怖いですから。いつ『その時』がいつ来てもいいよう、己を鍛え、準備をしています」
「その時?」
彼は、懐かしむような顔で空を見上げ、
「いつか立ち上がるべき日が来る。その時が来るまで、自分を見失うな、と……恩師からの教えです」
ああ、そうだ。
私は、私を見失っていた。
見失ったから、こんなことになったのだ。
私だって、一度は『自由の翼』を背負った一人のはずなのに。
ごめんなさい、教官。こんな生徒で。
彼は別れ際に、
「私だけじゃありません。教官の教え子はみんな、今か今かと『その時』を待っています。女王陛下」
そう言うと心臓に拳を当て、敬礼した。

娘が三歳の誕生日を迎えた頃だった。
こっそり会いに来たキヨミさんによって、アルミン達やリヴァイ兵長の生存と、ハンジさんの死を知った。
どうして、あの人が死ななきゃいけなかったんだろう。私なんかより、よっぽど人類のために心臓を捧げていたのに。
私に『巨人継承する』と言わせてしまったことを悔やみ、それを阻止するために走り回ってくれた。
私が勝手に言ったのに。
……そうだ。私はただ『立派な女王さま』になりたかっただけなんだ。そのために、未来の私の子供を巻き込んでしまった。
私の自己満足が、みんなを苦しめ、追い詰めた。
だけど私は、自分の裏切りを告白することも、謝ることすらも許されない。
私は、一生みんなをだまして生きていく。

ついにアルミン達と再会した時、リヴァイ兵長はいなかった。
『そっちから来い』というなんともありがたい伝言に、背筋が寒くなった。ああ、あの人は、やはり私に厳しい。もっと怖い柵の外に出て来いだなんて。
だけど、もし私が柵の外に出て行くことが出来れば――彼の元にたどり着けるほど、島と世界の距離を縮めることが出来れば――『殴られた甲斐があった』くらいは言ってくれるだろうか?
『その時』は来た。
『敵しかいない』と言われていたはずの島の外から、心強い援軍もやってきた。
ユミルの言ったとおりだった。私は一人じゃない。
私が女王さまとして、島に、世界に受け入れてもらえないことには、何も始まらない。
どんなに石を投げられようと、私は花を投げ返してやるの。
見ていて、ユミル。

そして私達は、まずはエレンのお墓参りに行った。
自分でも、どうしてなのかわからない。
なぜそうしたのかわからない。
もしかすると、ユミルが言っていた『クソみてぇな正しさ』への宣戦布告だったのかもしれない。
エレンの墓を見た瞬間、私は無の境地で墓石に駆け寄り――思い切り蹴飛ばしていた。
小さな墓石は弧を描いて空中を舞った――とまではいかなかったけど、斜面をゴロンゴロンと転がり落ちていき、ミカサの悲鳴が響いた。
私は墓石に追撃をかけようとしたが、転んでそこまでとなった。
右足を捻挫した。
医者からは、全治二週間と診断された。
こんなの全然痛くないや!

〈了〉


前編はコチラ

進撃の巨人 ヒストリアは妊娠してからその後の三年間何をして最終回に至ったのか・前編【小説】

次の小説はコチラ

進撃の巨人 最終回その後 パラディ島のサネスから見たエレンとハンジ 本物の悪魔の子・前編【小説】

進撃の巨人考察一覧はコチラ

  • 金眼銀眼 より:

    とわこさん、お久しぶりです。
    前回のリヴァイ編の「悔いのない方を選べ」という文言から、選択の結果は何かと考えておりました。
    なぜなら、悔いのない方を選ぶは、「私はこちらを選ばなかったという選択をしたので、この結果を受け入れます。」という、結果に対する責任を負う心構えができ、自分の人生に対して自分を哀れんで甘ったれる事ができなくなるからです。
    なので、子供を作るという選択をして子供を作ったはずなのに、実際は流されただけで自分の人生を他人任せにしたヒストリアの話は、対のように感じて興味深く読ませていただきました。
    104期ユミルとの対話は、ひょっとするとヒストリアの心の中の譲れない自分との対話だったのかもしれませんね。表面的な良い人の猫を被り、自分を哀れんで生きる生き方は嫌だと、女王の責任で周りの人が安心して笑って生きられる世界にするんだという、悔いがあるからそうしない生き方をするために、世界の八割を犠牲にした。エレンは、104期のお仲間に責任を押し付けた事を自覚せず、「みんなには長生きして欲しい」と、さも自分は仲間思いなんだと自分に酔っている風に感じる偏見MAXな私が居ます。
    ヒストリアは、エレンのお散歩の結果責任を自覚して受け入れ、アルミン達との交渉の島の窓口にいる。
    ラストに、とわこさんの愛情を感じました。有難うございました。

    • とわこ より:

      お久しぶりです! コメントありがとうございます!

      常に後悔のない選択が出来るのが理想だけど、現実は難しいもので。ああしておけばこうしておけばと気づくのは、いつも選択した後。(でも進撃の巨人において『選択の後悔』の原因はだいたいがエレンのせい……)
      だけど最終回や追加エピソードで島がめっちゃ発展してるってことは、ヒストリアめっちゃがんばったってことだよな……ということで出産後の三年間まで書いてしまいました。
      かつて104期ユミルは誰かの憂さ晴らしのための『都合のいい子』として石のつぶてを浴びたけど、ヒストリアはそんなことのために石のつぶてを浴びて欲しくないという気持ちがありました。

      ちなみに前回のリヴァイの小説も今回のヒストリアの小説も、テーマは『エレンへの嫌がらせ』だったりします。

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