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進撃の巨人 最終回その後 なぜリヴァイはパラディ島に戻らなかったのか三年間の謎・後編【小説】

進撃の巨人 アイキャッチ

今回は考察ではなく、最終回のその後(正確には地鳴らし停止→アルミン達がパラディ島に戻るまでの三年間)の小説の後編。
最終回で、パラディ島に向かうメンバーになぜリヴァイがいなかったのか、そこに至るまでの三年間の謎をリヴァイ視点でお送りします。

前編はコチラ

進撃の巨人 最終回その後 なぜリヴァイはパラディ島に戻らなかったのか三年間の謎・前編【小説】

  • 最終回のネタバレ含みます
  • 過去の考察を元に好き放題に書いてます。いわゆる『二次創作』というやつになるので、興味ない人、苦手な人はお引取りください
  • 必要なのは『こまけぇこたぁいいんだよ!』の精神

自由の翼

3.昼間の月

「リヴァイさん、ダメだよこれ」
話をメモしていた青年が、困った顔で、
「こんなの出版社に持って行っても信じてもらえねーや。一人で巨人十五体倒したって……」
「本当はその倍だ」
「うそぉ……」
改めて話してみると、自分でも冗談じみた内容だと思った。語った内容に脚色はしていないのだが、結局、信じるかどうかは相手次第だ。
「でもさ。実際にすごい数の巨人倒してたじゃん」
「めっちゃ遠くて、豆粒みたいにしか見えなかったけど」
一緒に聞いていた子供達の非難の声に、彼は慌てて、
「いや、別に疑ってねーよ! ただ、これを信じてもらうにはどう伝えりゃいいんだろうって話で!」
いわば取材というヤツだった。収容所暮らしでは叶わなかった、ジャーナリストになりたいのだという。
体調も良くなり、部屋の外を歩き回れるようになると、顔見知りが増えた。
ガビが言っていた通り、島のこと、調査兵団のことに興味があるらしく、子供だけでなく、大人やマーレ兵もよく話を聞きに来た。娯楽に飢えているらしい。
ジャーナリスト志望の青年は、自分で書いたメモを読み返しながら、
「しっかし、こんなすごい人達を冷遇するなんて。無知ってのは怖いもんですよ」
「巨人と戦うくらいなら、無知なままでいたいもんだろ」
「まあ……たしかに俺も、同じ立場ならそうかも……いや、でもやっぱなぁ……」
「真実は白日に晒したいか?」
「だって、なんか悔しいじゃないですか」
彼は口をとがらせ、
「俺達は、ずっとマーレに都合のいい話ばかり聞かされて生きてきましたから。だからこれからは、いいことも悪いことも、ちゃんと伝えていかないと。……俺達や仲間を守るために、そんなひどいケガをしてまで巨人と戦ってくれた人がいたこと、ちゃんと伝えないと。それがせめてもの恩返しです」
「…………」
白日に晒さんでいい真実もある。
なるべく聞かれたことには正確に答えていたが、これに関してだけは『自分のドジで出来た傷だ』とは言えなかった。寝込んでいたのも、ほとんどそっちのケガを悪化させたせいだということも。

その日は右足が痛むので、部屋でおとなしくしていた。リハビリも兼ねてなるべく体を動かすようにしていたのだが、片足に負荷がかかりすぎたようだ。
車椅子に座って、物資と共に届けられた数日前の新聞を広げるが、すでに大勢で回し読みされた後だったので、だいぶくたびれていた。
部屋の角では、ピークから返却されたコートがいまだ吊るされたままだった。果たして誰に渡したものか。
気配を感じ、開いた窓に目を向けると、窓枠に小さな花が一本生えていた。
「サボリか?」
「……おみまい、でーす」
花の下から手が伸び、顔が出てきた。パラディ島のことに興味があるらしく、頻繁に絡んでくる少女だった。
この時間は、教師をやっていたという大人達が子供を集めて勉強を教えていたと思うが、抜け出してきたらしい。
こちらも暇だったので、特に追い返すこともしなかった。生まれを聞かれたので、窓越しに地下街のことをひととおり話すと、
「楽園なんてさいしょからなかったんだ……」
これまでも、巨人に食われた仲間達のこと、島の中での反乱のことも話していたが、特に地下街の存在はひどくショックを受けたようだった。
しかしそれも数秒のことで、すぐに顔を上げると、
「地上にはどうやって出たの?」
「兵士から盗んだ立体起動で地下街を飛び回って、目立ちすぎたのが運の尽きだな」
我ながら『運の尽き』とはおかしな話だと思う。地下街で生まれた時点で運などなかったというのに。
「調査兵団に目をつけられて、このままお縄について処刑されるか、調査兵団に入って巨人と戦うか、交換条件を突き付けられた」
今思い返してもとんでもない条件だった。罰ゲームにしたって悪質すぎるだろう。
「……そうか。罰だったな、そういえば」
「ばつ?」
それには答えず、ぼんやりとエルヴィンに捕まった当時のことを思い出す。
お互いに打算もあったが、問われた罪から逃れるためでもあった。調査兵団に入ったのは。いつ許されたと錯覚したのだろう。
地上に出た後も、自分が見たのは次々巨人に食い殺される仲間達だった。
果たして、どちらが地獄であり、何が罰だったのか。
「わたしたち、そのうちここから出て行かなきゃいけないって。ここにいる人たちはみんなやさしいけど、いつまでもここで暮らすわけにはいかないから……つぎ行くところは、どんなとこかな?」
「どこに行っても、たいして変わんねぇよ。地獄から別の地獄に移っただけだ」
半ば投げやりな気分で答え――少し大人げなかったかと少女に目をやると、彼女は窓枠に手をかけ、顔半分だけ出して、
「……ミュラー長官がいってた。この世を地獄にかえたのは自分たちだって」
子供なりに、色々と思うことがあるらしい。彼女は考えながら、
「自分たちで地獄をつくれるなら、ほんものの楽園も自分たちでつくれるよね? だから調査兵団でたたかったんでしょ?」
一瞬、虚を突かれる。自分で楽園を作る。そんな風に考えたことはなかった。
彼女は窓から手を放し、背を向けると、
「――あ、月!」
突然、空を指さす。
少し窓から身を乗り出して見上げると、昼間だというのに青空の中に白い月が見えた。
「しってる? お月さまにはうさぎがいるんだって!」
「……そりゃ初耳だな」
適当に合わせる。
彼女はこちらに振り返ると、目を輝かせ、
「いつか、月までうさぎに会いにいくの。で、うさぎといっしょに、わたしたちがつくった楽園を見るんだ!」

ピークから返却されたコートは、その少女に譲った。
頭からコートをかぶり、他の子供と一緒に走り回る少女の姿に、ピークは首を傾げ、
「なんであの子に?」
「サイズが合うかと思ってな」
適当に返す。コートのサイズに追いつくのは、果たして何年先だろう。
自分が要塞で子供の相手をしている間、アルミン達やミュラーが各地を飛び回ったが、地鳴らしの被害は深刻で、滅亡した国もあれば、国のトップがごっそり消えて秩序が崩壊した国もあったという。
祖国から脱出したはいいものの、肝心の祖国が踏みならされて帰るに帰れず、そのまま留まった土地で現地民とトラブルになったという話もあれば、逆に、地鳴らしが止まったと知って故郷に帰ってきたら、別の土地からの避難民に勝手に住まわれていたという、笑うに笑えない事態に陥った街もあったらしい。
そんな中でも、ミュラーの熱の入った説得に応じて、いくつかの国が『開拓』『復興』という名目で、レベリオやマーレの避難民を移民として受け入れてくれた。
コートを譲った少女も移民としての受け入れ先が見つかり、旅立つ際『コートのお礼だ』と、自由の翼が刺繍されたハンカチを贈られた。母親に教わりながら自分で縫ったらしい。
そうして過ごすうちに、三年が過ぎた。

4.誰か

「どうしてですか? 帰りましょうよ、一緒に」
こちらの返答に、一番困惑したのはコニーだった。
世界とパラディ島を結ぶ、和平交渉の連合国大使――あちこち飛び回っているうちに、アルミン達は、いつの間にやらそんな大役に祭り上げられていた。いよいよ、パラディ島との和平交渉を本格的に始動させようということらしい。
コニーやジャンは、当然こちらも一緒に帰るのだと思っていたようだが――あいにく、そんな気にはなれなかった。
きっと、自分にとってあの島は『帰る場所』ではないのだろう。思い返すと、あの島は奪われ続けた場所だった。自分から家族を奪い、太陽を奪い、仲間を奪っただけでなく、その『死』の意味さえ奪おうとしたのだ。
しかし、コニーは食い下がり、
「ミカサが、エレンの墓作って待っててくれてるんですよ。だからみんなで――」
「だったらなおさらだ」
ベンチに座ったまま、まだ動ける右足をさすり、
「完全に車椅子になっちまうだろ」
「蹴るんですね? お墓」
アルミンだけがわかった顔だった。目の前にそんなものがあったら、うっかり助走をつけて全力で蹴りかねない。骨が砕けたとしても。
「あのクソ野郎、散々迷惑かけた俺に、詫びのひとつもなしに逝っちまいやがって……」
始祖の巨人の力で、事前にアルミン達に会っていたと知った時は、地味にショックを受けたものだ。
アッカーマンは記憶改ざん出来ないからだとアルミンがフォローしてくれたが、単純に、怒られるのが怖くて逃げたに違いないと思っている。
つくづく、どうしようもない甘ったれのクソガキだった。
エレンに追求したいことは山ほどあったというのに。表向きに語った『目的』と腹の中に隠した『目的』が同じと限らないことは、エルヴィンという前例で学んだ。
アルミンだけは何かを知っているような気がしたが、追求はしなかった。彼が黙ることを選んだということは、白日に晒すと不幸になる真実でしかないということなのだろう。
ならば、下っ端は従うしかない。
ため息をつくと、
「俺の役目はとっくに終わってるんだ。お前らだけで十分だろ」
「そんなこと言わないでくださいよ。ヒストリアだって兵長に会いたいだろうし、俺達だって、いてくれるだけで十分心強いんです」
「だから一緒には行けねぇんだよ」
不安げな顔のジャンに、呆れ半分に返すと立ち上がる。いるだけのマスコットに成り下がってたまるか。
「――わかりました。後のことは僕達に任せて、兵長は自分の好きなようにしてください」
「そうさせてもらう」
アルミンだけは、元々説得する気はなかったらしい。まるでこちらを逃がすように、ジャンとコニーを黙らせる。
去り際に、ひとつ思い出し、
「ヒストリアに伝えとけ。俺に用があるならそっちから来い。そしたら、言い訳のひとつくらい聞いてやる。……出てくる覚悟があるならな」
それだけ伝えると、杖をつき、その場を離れた。
杖の使い方もすっかり慣れたもので、昔と同じとまではいかないが、子供となら並んで歩けるくらいの速度になっていた。

戻り際、畑を通りかかると、ファルコとガビがイモの収穫をしていた。ファルコがクワでイモを掘り起こし、それをガビがカゴに入れていく。
先にこちらに気づいたファルコが、顔を上げ、
「ここも、すっかり寂しくなりましたね」
「いいことじゃねぇか」
畑を見渡すと、人が減ったこともあって半分以上はもう使っておらず、雑草が生えていた。
畑を作ったはいいものの、結局小さなイモくらいしか育たなかった。今あるものを収穫しつくせば、いよいよ自分達もこの要塞から立ち退くことになる。
ガビもしゃがんだまま畑を見渡し、畑を作った当時のことでも思い出したのか、
「みんな、どうしてるかな……」
「こことたいして変わらんらしいぞ」
その現実を知ったのは、かつてコートを譲った少女から届いた手紙だった。仲間や家族と共に引っ越して一年以上が過ぎていたが、最初の収穫までは飢えや虫害で苦労したそうだ。
しかし手紙の最後には『自分達の力でここをみんなの楽園にする』と書かれ、家族や現地で出来た友人に混じって、サイズがぶかぶかのコートを着た写真が同封されていた。
「ところで、リヴァイさんはパラディ島に帰るんですか?」
「いいや。あいつらだけで十分だ。……相手がどう出るかわからん以上、俺がいるとかえって足手まといだからな」
密かに島の状況を見に行ったアズマビトと、アズマビトを介して届いたヒストリアの手紙では、あの島だけ時間が止まってしまっているようだった。壁が崩壊して甚大な被害が発生したはずだが、そちらの復興はそっちのけで、増税し、いつか来るであろう敵に備えて、武力強化に当て込んでいるという。
もう敵などいないのに。
てっきり壁はなくなったと思っていたのだが、どうやら今度は、自分達で見えない巨大な壁を建築し、来ない敵に備えて引きこもってしまったようだ。
「……これからだぞ。大変なのは」
むしろ、世界はようやくスタートラインに立ったのだろうと思う。
「巨人が消えたからって、『過去は水に流して仲良くしましょう』なんてことにはならねぇだろ。どんなにこっちが歩み寄ろうったって、相手にその気がなければ何も変わらない」
たしかにスラトア要塞の兵士達は、自分達や避難してきたエルディア人を受け入れてくれた。
しかし、全員ではない。仲間だけでなく、家族や故郷を失った者もいる。
今は目の前のことで精一杯でも、暮らしが安定するにしたがって、かつての理不尽に対する怒りや憎しみが沸き起こってくるのだろう。
果たして、エレンは一体何を変えたというのか。
「……でも、やらなくちゃ」
ガビは立ち上がり、額の汗を拭うと、
「私、自分がしていることは、レベリオのみんなのためになることだと思ってた。そのためなら、敵の命を奪うことも、自分の命を捧げることも、『いいこと』なんだって」
両腕を上げて大きく伸びをする。そしてこちらに振り返り、
「でも、わかったんです。命を粗末にしてただけなんだって。粗末な命で守ったものなんて、きっと粗末にされる……世界から敵を消し去る方法は、武器を手にやっつけることじゃなく、花を贈って友達になることだった。今まで私が奪ってしまった命はもう取り戻せないけど、せめてこれからは、助けられる命は助けたい。そのためには、もう二度と、軽々しく自分の命を捧げて、誰かを悲しませるなんてしない……」
「…………」
初めて会った時、狂犬のように吠えてた少女が、よくもまあここまで来たもんだ。
内心、感心しつつも、かつての自分も、エルヴィン達に出会うまでは狂犬みたいなものだったことを思い出す。
「俺も……許すつもりはないが、もう憎むこともないだろう」
この少女と同じ答えを、とっくの昔に、すぐ隣で指し示してくれていた誰かがいたというのに。とうとう、追いつけぬままだった。
追いつけぬまま――飛び去られてしまった。そうさせてしまった自分を、この先許すことはないだろう。
だが、そんな己の無力を憎むことも、呪うことも、もうしない。
目を閉じると、久しぶりに、今まで生きてきて一番殺したかった男の顔が浮かんできた。
その顔が、なんの曇りもない清々しいもので、しかもなぜか素っ裸というありさまだった。おかげで毒気を抜かれてしまい、憎もうにも憎めない。
「お前達は、パラディ島に行くつもりか?」
うっかり不快なものを思い出してしまったので気を取り直す。最初にパラディ島へ行く話が出てきた時、世話になったサシャの家族に会いたいと話していたはずだ。
しかし二人は顔を見合わせると、困った顔で、
「うーん、それなんですけど……」
「リヴァイさん、どうしよう。私達、なんにもない」
「は?」
ガビは掘りたての小さなイモを手に、
「お礼! 散々お世話になったのに、返せるものがおイモくらいしかないの!」
一瞬、意味がわからなかったが、すぐに、
「……顔見せるだけでも、向こうは喜ぶだろ」
「でもオレ達、手ぶらで行くのもどうかと思ってて」
「まあ……成果は、ないよりあったほうがいいかもな」
「でしょ!?」
かつて、命からがらボロボロになって壁の中に帰ってきたのに、成果がなくてガッカリされるあの空気は、何度体験しても気分のいいものではない。
もっともサシャの両親は、話を聞く限り身ひとつで訪ねても、喜んで出迎えてくれそうではあるが。
「あ、オニャンコポンが帰ってきたみたいですよ」
ファルコが指さした方角に目を向けると、空に小さな黒い影が見えた。
影はどんどん大きくなって飛行艇の形がはっきり見えるようになり、同時に、すっかり聞きなれた機械音も聞こえてくる。
腕のケガが治ってからというもの、だいたいあの飛行艇を操縦しているのはオニャンコポンだった。メンテナンスも必ず立ち合っては口うるさく注文をつけ、誰よりもあの飛行艇を愛していると言っていいだろう。
彼は帰ってくると、要塞の上空をぐるりと一週するので、燃料の無駄遣いだと整備士に怒られていたが、子供達の笑顔に免じて許されていた。もっとも、その子供達も去ってしまったので、今もやる必要はないはずなのだが。
「――そうだ! オニャンコポン!」
何か思いついたのか、突然、ガビが声を上げた。
「ここの人を全員運び終えたら、故郷に帰るって言ってた!」
ガビが何を言わんとしているのか困惑していると、先に理解したファルコが目を見開き、
「それだ! それなら父さん達に言い訳しやすい!」
ガビが何か言い出すと、だいたいファルコが止める側だったはずだが、ここ数年ですっかり染まってしまったらしい。
「まさかお前ら、ついていくつもりか?」
「だって開拓地に行ったって、畑仕事するだけじゃないですか! いや、それも大事な仕事ですけど! でもオニャンコポンは世界の英雄ですよ? 故郷に帰れば、絶対お偉いさん達が歓迎してくれるだろうから、その場にこんな愛らしい美少女がけなげに人種を超えた救済を訴えたら、偉い人籠絡しまくりで世界平和に一歩も二歩も前進ですよ!」
ぶふぉっ、と吹き出したファルコのすねを、ガビは表情ひとつ変えず蹴り飛ばす。
悶絶して転げまわっているファルコを無視し、ガビはテンション高めに、
「あ、そうだ。その次はヒィズルに行きましょうよ! アニさんが、魚料理がおいしいらしいって言ってました。あと、女子供でも簡単に大男投げ飛ばしちゃう武術があるらしいですよ。一緒に習いません?」
その言葉に、一瞬驚いて、
「俺も行くのか?」
「ええ!? アルミン達と行かないってことは、そういうことじゃないんですか!?」
何の疑いもなかったらしく、目を見開く。
ファルコも蹴られたすねを抱えて、涙目で、
「そうですよ……第一、わからないものは理解しに行くのが調査兵団じゃないですか……今パラディ島に行って『世界のことを教えてくれ』って聞かれても、オレ達留守番ばっかだったから、ちゃんと答えられないです……」
「あれ? そんなに痛かった? ゴメン」
「うう……」
ガビに引っ張られ、ファルコはよろよろと立ち上がる。
彼は土を払い落としながら、
「オレ……正直、自分が何したいとか、今でもよくわからないですけど。でもリヴァイさんから調査兵団の話聞いてたら、なんか……誰かからの話を聞くばかりで、自分は何も知らないままでいいのかって気がしてきて。だったらせめて、兄さん達が見ることが出来なかったものを見に行って……それを誰かに伝えていきたいんです。それが、オレ達を生かすために死んで行った人達への、せめてもの弔いになればと思います」
「調査兵団が守った世界、見に行きましょう。成果を持ち帰ってあげなきゃ!」
二人の目に、一瞬、既視感を覚えた。
まだ見ぬものに思いをはせ、おめでたい未来を夢見ている。
新たな地獄の始まりかもしれないのに。
だが、進まなくてはならない。
ため息をつくと、
「……で、俺には、お前らの親を安心させるための保護者役になってくれってことか?」
「バレた!」
ガビは舌を出し、ファルコは苦笑いする。
二人の両親とも話をしたことはあるが、戦士にした後悔と、今はずっと側に置いておきたいという願いをひしひし感じた。たしかに説得は骨だろう。
「そうと決まれば善は急げ! オニャンコポン捕まえに行くよ!」
「え? 収穫は?」
「そんなのあとあと! イモは逃げない!」
ガビはイモの入ったカゴを抱えたまま畑を走り出し、ファルコがクワを担いで後を追いかける。こちらはまだ、一緒に行くとは言っていないはずだが、まあいいかと、走り去る背中を見送る。
アルミンは、かつての夢見る少年ではなくなっていた。
夢の果てに、自分の『使命』を見出し、進み始めた。ならば、送り出すのが自分の役目だろう。
今度は、この少年少女らが自分の『使命』を見つけ、飛び立つまで、見守ることを己が使命とするのもいいだろう。
どうして自分が生き残ってしまったのか。このところ、わかった気がする。
「そうだな……手ぶらで、お前らのところには行けない、か……」
やっとあの狂人集団から解放されたと思ったのに。つくづく悪魔だ。
見上げると、青空の中、うっすらと白い月が見えた。

* * *

「まさか、見送りにも来てくれないとはな」
港で手を振る人々が見えなくなり、手を下ろしながらながらジャンはぼやく。
コニーも遠ざかっていく港の方角を見つめたまま、
「まあ、兵長の足とエレンの墓が相打ちになっても困るしな……」
「『相打ち』ってことは、墓砕けてるじゃねぇか」
前日、到着した港町でのささやかな壮行会にも顔を出さず、その翌日である今日、パラディ島に向かう船が出航する時間になっても、リヴァイは姿を見せなかった。
ピークは柵に頬杖をつき、
「見送りはともかく、行かないのは正解じゃない? 何されるかわかったもんじゃないし」
「うん、無理に来る必要ないと思う。……あの人、ちょっと苦手だし」
一度殺されかけたトラウマか、アニはぽつりと本音を付け足す。
ライナーは、その場にいる面々をぐるりと見渡し、
「今さら何言っても仕方ない。俺達だけで挑むしかないだろ」
大使に選ばれたのは、かつてパラディ島で104期訓練兵として共に励んだアルミン、ジャン、コニー、ライナーとアニの五人と、ピークを合わせた六人だった。
この顔ぶれに、ピークは半笑いで、
「あ、なんかダメな気がしてきた」
「なんでだよ!」
反論したのはコニーだけだった。
「まあたしかに、兵長がいりゃあなんとかなりそうって気にはなるが……」
「ダメだよ。甘えてちゃあ」
気弱なことを言い出すジャンに、アルミンは冷たく返す。
始祖ユミルは、求められるまま延々と巨人を作り続けた。
だから人々は、都合のいい時は巨人に頼り、都合の悪い時は巨人のせいにし、いつまでも巨人に甘え続けた。まるで大人に成長することを放棄した子供と、いつまでも子供でいて欲しい親のように。
だからダメになったのだ。
「僕達にはもう、守ってくれる壁も、巨人もいないんだ。自分の足で歩かなきゃ」
『甘え』が許されなかった壁の外の人類は、大量の物資や人を馬よりも早く運ぶ技術を生みだし、翼がなくても空まで飛んでしまった。自分達の力で。
だから突き放してくれたのだ。かつて、自分の命と引き替えに送り出してくれた先人がそうだったように。
空を見上げると、昼間にも関わらず、青空の中にうっすらと白い月が見えた。
「なあ、船ん中見て回ろうぜ」
「ヒストリアの手紙はちゃんと持ってきたか? 後で読みたいんだが……」
「何回読んでも内容変わらねーぞ」
おのおの、好きなように散らばろうとする中――アルミンは突然、白い月を指さし、
「――人類はいつか、月に行くよ」
「……どした急に?」
「ヘンなもん食ったかー?」
突拍子のない予言に全員足を止め、きょとんとするが、アルミンは月を指さしたまま、
「人類はいつか、この空だって突き抜ける。その時、もし人類がまだ地べたで争っていたら、ガッカリするよ。『あいつら、あんな狭いところでまだそんなみみっちいことやってんのか』って」
その言葉に、ジャンはぼんやりとした目で月を見上げ、
「あー……そりゃーゆゆしき事態だ。阻止しねぇとな」
全員、別に否定するわけでも笑いものにするわけでもなく、しばらく月を眺める。
コニーがぽつりと、
「なぁ。月って何があるんだ?」
「知らねぇよ」
「悪いが俺も考えたことがない」
ジャンは適当に流し、ライナーがくそ真面目に返す中、
「――私」
突然、アニが挙手する。
全員の注目が集まると、アニはまるで重大発表するかのように、
「……知ってる。月には――うさぎがいる」
一瞬、静かになった。
ピークは『ああこの子も、こんなジョークが言えるようになったんだ』と、吹き出す準備をしたが――それより早くコニーが、
「――マジか!? うさぎいんの!?」
「え?」
ライナーも真顔で、
「うさぎがいるということは、肉は現地調達出来るということか」
「え?」
「待ってみんな。月のうさぎが僕達の知ってるうさぎと同じとは限らない。耳が三枚あって角生えてて口から溶解液発射して大きさだって十メートル超えてるかもしれない」
「それもう『うさぎ』じゃない」
それは新種の巨人だ。
ピークは、救いを求めるようにジャンに目をやると、
「まあ、お前ら。ここでぐだぐだ考えても仕方ねぇ」
彼は不敵な笑みを浮かべると、月を指さし、
「行ってみりゃわかる」
『おおーーーー!』
なにきれいにまとめた感出してんのこの人。盛り上がってる輪から少し離れた場所で、ピークは改めて、リヴァイの苦労が少しわかったような気がした。
アニはアルミンの隣に来ると、月を見上げ、
「ねぇ。月って、いつ行けるようになるの?」
「そうだなぁ……ずっと先かもしれないし、案外すぐかもしれない」
人が知らないこと、わからないことに挑み続ける限り、いつか。
「僕達が行けなくても、いつか、誰かが」

〈了〉


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