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進撃の巨人 最終回その後 パラディ島のサネスから見たエレンとハンジ 本物の悪魔の子・後編【小説】

進撃の巨人 アイキャッチ

進撃の巨人、最終回のその後を書いた小説です。今回は後編。
普通の人代表・サネスさんにはエレンやハンジさん達、壁の中の人類はどのように映っていたのか、彼は過去の罪に対してどのように生きたのかを好き放題に書いてます。

前編はコチラ

進撃の巨人 最終回その後 パラディ島のサネスから見たエレンとハンジ 本物の悪魔の子・前編【小説】

中編はコチラ

進撃の巨人 最終回その後 パラディ島のサネスから見たエレンとハンジ 本物の悪魔の子・中編【小説】

  • 最終回のネタバレ含みます
  • 過去の考察を元に好き放題に書いてます。いわゆる『二次創作』というやつになるので、興味ない人、苦手な人はお引取りください
  • 必要なのは『こまけぇこたぁいいんだよ!』の精神

悪魔の子

6.順番

かつて、エルディア帝国は世界中から『自由』を奪ってきたという。だから世界に『自由』を奪われた。
そして世界は、この小さな島から『自由』を奪った。
この小さな島は、世界から『自由』を奪った。
だから今、『自由』を奪われている。
自分も散々奪ってきたのだから、奪われる時が来ただけだ。
すべて順番通りだ。
なにも変わらない。どうせ変わらないのなら、じたばたせずに『裁き』を受け入れればいいのだ。我が王のように。
そう覚悟を決めた矢先、彼が家まで訪ねてきた。
途端に、体が硬直し、震え上がった。

――おいおい、『覚悟』はどこ行った?
――わかっちゃいるが、怖いもんは怖いんだよ!

自分の中で、二つの声がせめぎ合う。
この前は若造相手にイキり散らしといて、情けないことこの上ない。
ああ、やはりこれこそが『自分』なのだ。今さら『かっこよく』はなれない。
「――おーい、サネスさん? いないのか?」
声が聞こえてきた。居留守を決め込むという甘い選択肢に流されそうになった瞬間、なぜか――本当になぜかはわからないが、いつか見た、並んで歩く巨人の大群が脳裏をよぎった。
この感じ、なんか前にもあったような――気がつくと、まるで背中を押されるように、ドアノブに手をかけ、開けていた。
開けた瞬間、刺される覚悟もしたが、
「――よう、サネスさん。鹿が罠にかかったんだ」
そう言って、彼がニコニコと差し出してきたのは鍋だった。
中身は鹿肉のシチューとのことで、一緒に食わないかと、そのまま食事をすることになった。
彼は、拍子抜けしているこちらに気づく様子もなく、
「その、この前は悪かったな。あんな話聞かせて……」
「あ、いや……聞いた俺が悪かったんだ」
内心、ビクビクしていた。一体いつ、こう聞かれるかと思っていたからだ。『あんたは昔、何やってた?』と。
しかしそんな不安はよそに、
「本当にごめんな。これまでずっとひとりで、友達もいねぇし……誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない」
温めなおしたシチューを器に入れ、テーブルに並べている間も、彼は何度も詫びの言葉を口にした。
次、彼に会ったら自分の正体を明かすつもりだったのが、完全にタイミングを失ってしまった。
もしや、このシチューに何か入っているのでは? とも思ったが、同じ鍋からよそったシチューを、彼は普通に食べている。
自分も一口食べてみるが、特におかしなことはなく、むしろうまい。煮込みすぎたのかイモがすこし煮崩れているくらいだ。
もしかすると彼自身、シチューを煮込みながら、今日ここにくるかどうか悩んだのかもしれない。
「……あんた、料理うまいよな」
「勉強したんだよ。せっかく採れた野菜や肉を、マズい料理にしちゃ申し訳ないじゃん」
申し訳ない。
もったいないと思うことはあっても、そちらはあまり考えたことがなかった。
「昔は、料理なんてしたことなかったからさ。食えりゃいいやと思ってたんだ。でも、自分で食い物育て始めるとなぁ……せっかく収穫した野菜を、料理で失敗したらショックだろ? 特に肉はなぁ……」
何かを思い出したのか、彼はどこか遠い目で、
「昔、初めて畑を害獣に荒らされた時、腹が立って罠を張ったら、子鹿がかかったんだよ。でも、捕まえたはいいが、そこからどうすりゃいいかわからねぇ。……実はオレ、血を見るのが苦手でさ。だから昔は、そういう嫌なことは嫁にやらせて、自分は逃げてたんだ」
「その子鹿はどうしたんだよ?」
「結局、その時は怖くて逃がしちまった。けど次の日、山にキノコ採りに行ったら、獣に食われた子鹿の死体を見つけたんだ。同じ子鹿かはわからなかったが、思ったんだよ。悪いことしたなぁ、って。罠で足をケガしてたから、長くないことはわかってたんだ。でも俺に勇気がなかったせいで、苦しむ時間を無駄に伸ばしただけだった」
言いながら、スプーンで肉をすくい上げる。
「それからだよ。ちゃんと殺して、ちゃんと食うようになったのは。俺が逃げたら畑は荒らされ放題だし、捕まえた以上、責任は果たさなきゃならねぇ。どうせなら、おいしくな」
そう言うと、肉の乗ったスプーンを口に運ぶ。
……粛正のたびに思っていた。『自分がやらなくたって、どうせ他の誰かがやるのだ』と。
そうして自分の行いを投げやりに正当化し、その罪は王に肩代わりさせ、『代償』は民へ押し付けていた。
結局、誰かのためどころか、自分が褒められたいがために殺していただけだった。
しかし、今目の前にいる彼は、他に誰もやる人がいないから自分がやった。やらなければ『代償』は自分自身に。だから罪も責任も、自分で背負った。
そうして得られた肉を、惜しみなく分け与えてくれた。
嫌なことを他人に代行させていることにも気づかず、恩恵だけはいただく。ずいぶん、罪深いことをしてきたものだ。
しかし、自分は知ってしまった。何も知らなかったあの頃には戻れない。
ならばせめて、共に罪をいただくくらいは出来るだろう。
王よ。
あなたが本当に望んでいたのは、そういうことだったのでしょうか?

食事を終えると、彼は帰っていった。今度は俺が収穫を手伝うよ、と言って。
次、彼と会う日は、自分の命日になるだろうと思っていたのに。
しかし、自分は生きている。彼に正体を知られぬまま。
そのことに、ホッとしている。

――王よ。これで良かったのでしょうか?

尻尾を巻いて、逃げ出すか。
観念し、おとなしく殺されるか。
自分は悪くないと言い訳し、相手の非を責め立てるか。
むしろ、やられる前にやり返すか。

ずっと考えていた。
しかし、せっかく出来た友を殺すなど、今の自分には出来ない。
みっともなく言い訳し、逃げ回ってこれ以上の生き恥をさらすことも、いっそのこと、先に死んでしまおうというのも、あの悪魔に筋が通らない。
ならばせめて、おとなしく殺されようと観念した。我が王のように。
それが自分に出来るせめてもの『償い』なのだと。そういう『順番』なのだと言い聞かせた。
どうしてそこに『頭を下げ、謝罪する』という選択肢を思いつかなかったのだろう?
許すも許さないも、決めるのは彼ではないか。
なのにそれをする前から『殺されてあげよう』などと、こちらが勝手に決めてしまった。
結局、自分という男は、どうしようもなく傲慢で、自分勝手な男だった。友に『自分の命』に対する責任を丸投げし、本物の『どうしようもない男』にしてやろうとたくらむとは。
しかし彼は、自分から何も奪わなかった。それどころか、与えてくれた。もう一度『友人』としてやり直す機会を。
単に、こちらの正体にまったく気づいていないだけかもしれない。
しかし、少なくとも彼は、こちらの正体を追求しなかった。
ならばこちらも、本当のことを告白することも、彼の真意を確認することも、やめることにした。彼に聞かれるまでは。
この道を切り開いたのは、彼自身だ。壁の王とも、エレン・イェーガーとも違う道を。
王よ。
あなたが本当に進みたかったのは、この道だったのでしょうか?

7.我が王よ

壁の崩壊から三年ほど過ぎた。
島の実権を握った軍は、街の修理よりも軍備増強のために増税を重ね、戦え戦えと、相変わらず物騒なことを叫び続けていた。
そんなある日、これまで、死んだように静かだったヒストリア女王が、突然表舞台に姿を現した。
いや、『突然』ではない。
細々とではあったが、彼女は島中を回っていたという。壁の崩壊による被害者への慈善活動だった。
最初こそ大した話題にはならなかったが、最近では新聞にも彼女の活動が書かれるようになった。民と共に泥まみれになって畑を耕し、育てる作物の指導や、労働環境の改善活動、孤児の保護や里親探しを行っていたという。
かつては『無能な女王』『いるだけのお飾り』と悪評ばかりだったのが、近頃は『民に最も近い女王』として、人々の関心を掴んでいた。
しかし、どんなに民からの支持を得られても、兵団という後ろ盾を失ってはなにも出来まいと誰もが思っていた。
そのヒストリアが、突然『世界』という後ろ盾を引っ提げて、人々の前に姿を現したのだ。

ヒストリアが表舞台に現れる数日前、家のドアの隙間に手紙が挟まっていた。いつぞやの新聞記者からだった。
『新しい時代が始まる』と、短い文と共に、日付と時間、場所が記載されていた。かつての兵団本部――現在はエルディア帝国軍本部前の広場だった。
どうにも気になり行ってみると、大勢の人が集まっていた。どうやら三年前の今日、正式に『軍』が発足した日だとかで、去年も、午後から軍のお偉いさんの演説やら記念行事が行われていたらしい。
しかし、周囲の話声から察するに、今回は様子が違うようだ。『国旗がない』と不思議がっている声が聞こえた。
そして時間になると、檀上に現れたのは軍のお偉いさんではなく、王冠をかぶったヒストリアだった。
そしてその後ろに控えるのも、軍人ではなくスーツ姿の数人の若者達だ。
ヒストリアは、壇上から周囲を見渡すと、
「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます。今日は、わたくしより皆さんに、お伝えしなくてはならない、大事なお話があります――」
そして女王は語り始めた。エレン・イェーガーは三年前、地鳴らし発動からわずか四日後には討ち取られており、彼の死と共に世界からすべての巨人が消えたこと。
我々はとっくに、巨人化する能力も何も持たない、ただの人間になったこと。
そして、世界は、八割もの人類を踏みつぶされたにもかかわらず、このパラディ島との和平を望んでいると、後ろに控えた若者達を紹介した。世界各国の代表としてやってきた、和平交渉の連合国大使だという。他にも、様々な国から外交官が来ているそうだ。
女王は、世界からの謝罪を受け入れるつもりであること、こちらも、世界に対し謝罪を行うつもりであることを伝えた。
『世界は、我々からなにも奪う気はない』『我々も、誰からも何も奪う必要はない』『共に与え合う、新たな世界の始まりだ』という女王の言葉に、辺りは静まりかえった。
しばらくして、ざわざわ、ひそひそと、ささやき合う声が聞こえだした。あまりの反応の悪さに、檀上のヒストリアの顔が、みるみるこわばっていく。

――順番、か。

少々がっかりした。恐らく檀上に上がるまでは、ここで歓声が上がって、みんな喜ぶとでも思っていたに違いない。
だが違う。自分を含め、ほとんどの民はこう思ったのだ。

王政から兵団へ、兵団から軍へ、軍からヒストリアへ。なんだ、『また』頭がすげ替わるのか、と。

草の根活動でちょっとは人気を取り戻し、思い上がってしまったのだろう。『この哀れな家畜達を救えるのは自分しかいない』『家畜達を自由にしてあげなくては』と。
しかし、家畜にだって、小屋にとどまる『自由』がある。
解放者が『外に出ろ』と訴えたところで、家畜自身が『そうしたい』と思わぬ限り、小屋から出ることはない。結局最後は、鞭を振るうことになるのだ。
檀上のヒストリアも、今頃痛感していることだろう。所詮は『家畜の世話係の奴隷』であったと。

――いつもすまない。

なぜか突然、我が王の言葉が脳裏をよぎった。……そういえばあの娘は、我が王の姪御であった。
それを思い出した途端、檀上で立ち尽くすヒストリアの小さな姿に、いたたまれない気分に陥った。
きっとあの娘は、我が王と同じ道をたどることになるだろう。いずれ食われると知っていながら、逃がしてやることも出来ず、幸せな家畜達のお世話をし続ける人生。
すべてこれまで通りだ。
家畜が人間になる。そんな奇跡など起こらない。
見ていることが出来なくなり、帰ろうとすると、
「――すべては、私の無力のせいです! 申し訳ありませんでした!」
突然、声が響き渡った。
振り返ると、壇上のヒストリアが王冠を横に起き、その場に膝をついて頭を垂れていた。
「この小さな島が、世界がめちゃくちゃになったのは、すべて私のせいです! 私に力がなかったから! 私一人では、この小さな島一つ、守ることすら出来なかった! でも『みんな』となら! 一人では進むことの出来ない困難な道でも、みんなと一緒なら進んでいける! どうか、私にみなさんの力を貸してください! どちらかが滅びなければ、誰かの心臓を捧げなくては生きることさえ許されない、そんな血塗られた世界とさよならしたい! 子供達に、争いのない、みんなで助け合える世界を残したい! その過程で投げられる石のつぶては、すべて私が受け止める! 私はもう、二度と逃げたりしない! だからもう一度! もう一度、私を皆さんの『王』にしてください! お願いします!」
後ろに控えていた、和平大使の青年が慌ててヒストリアに駆け寄ると、
「――お願いします! 世界はもう、誰とも争うつもりはありません! 『敵』はもう、どこにもいないんです! 『世界』は、海の向こうで皆さんとの合流を待っています!」
大使達までもが一緒になって頭を下げだした。その状況に、大使達より年配の大人達が壇上に駆けつけたので、てっきり止めに来たのかと思いきや、その者達まで必死の訴えと共に頭を下げだし、壇上にはもう、止める者がいなくなってしまった。
しばらく、人々はぽかんとして見ていたが――ぱちぱちと、手を叩く音が聞こえてきた。
そしてどこからか『私達もごめんなさい! 女王さま!』という、多少芝居がかったような女の声が響いたのを皮切りに、盛大な歓声と拍手、そして人々の『ごめんなさい』が沸き起こった。
……我が王よ。どうやらあなたの姪御は、奇跡を起こしたようです。

これは後で知ったが、演説があった当日の朝、女王は外の世界からやってきた和平大使や各国の外交官、島中の大勢の女王支持者を引き連れて、軍本部に、真正面から堂々と乗り込んで来たという。
あまりに堂々としすぎて、ほとんどの兵士があっけに取られてなにも出来なかったらしい。それでも根性を出して銃を向けてきた者には、女王自ら、その銃口に笑顔で花を突っ込んでやったという。
女王側は、誰一人武装していなかったそうだ。なけなしの抵抗をしようとする軍の代表相手に、和平大使のリーダーと名乗った青年は、無抵抗をアピールしようと両手を挙げ――なぜかその手のひらに『血が滲んだ包帯』が巻かれていたという。朝食の果物を切ろうとして『うっかり』手まで切ってしまったと言ったそうだ。

軍は、戦うことなく政権をあっさり女王に返上した。

その後『巨人の力はなくなった』と知った時、果たして軍のお偉方は、一体どんな顔をしたのやら。和平大使のリーダーは、軍のお偉方のことを『我々の話に真剣に耳を傾け、決断も早い実に聡明で素晴らしい方々だった』と感想を述べたという。
その件について、新聞にはこんな文字が踊った。『我らがヒストリア女王、戦わずして勝つ!』と。
『戦わなければ勝てない』んじゃなかったのか? 嘘つきめ。
ちょっと前まで女王のことを『戦いもせず男を作って遊んでいた』などと非難しておきながら、今度は『戦わなかったこと』を褒めちぎっている。『彼女は誰も傷つけなかった』と。どうやら新聞屋というヤツは、始祖の巨人の力なしでも、自力で記憶改ざん出来てしまうらしい。
そして民衆も民衆で、あれほどエレンや軍を支持し、女王を貶していたのが一転、エレンや軍への怒りを爆発させ、軍が作った国旗とやらを踏みつけ、女王を支持した。……どうやらこちらも、巨人の力などなくても記憶改ざん出来てしまうらしい。
結局、軍が支持を得ることが出来たのは、民との信頼でもなんでもなく、どこかにいるかもしれない『敵』のおかげだった。ところが、その『敵』はどこにもいないとわかったのである。
あらゆる新聞は、それまでのうっぷんを晴らすかのごとく、かつてのイェーガー派の悪行や軍の横暴の暴露記事を次々と掲載した。
特に、かつての兵団上層部の人間が、不自然に大量に亡くなった原因が『イェーガー派によって巨人にされたせい』ということが知れ渡ると、その非道さに遺族は怒りを爆発させ、当時イェーガー派だった軍上層部は暴徒を恐れ、すべての罪と責任をエレンに被せる発言を繰り返した。
これまで、まるで『神の子』のように崇め奉られてきたエレンだったが、『人の子』に戻った途端これである。同情はしないが、どこか哀れであり――そして、どこかで見たような光景でもあった。
散々『悪者』にされた女王としては、さぞかし溜飲が下ったことだろうと思いきや、その混乱を鎮めたのは、他でもないヒストリア女王だった。
ヒストリア女王は『彼らの罪は、我々みんなの罪だ。彼らは彼らなりにこの国を想って行動をしただけ。やり方はどうあれ、国の行く末を案じたその心自体を責めてはいけない』と『寛大なお心』で擁護した。
それに感激したかつての軍のお偉方は、女王への永遠の忠誠を誓った。
女王も感激し『もっとも過酷』と言われる極寒の開拓地への異動命令を笑顔で下し、彼らは泣きながら受け入れたという。
壁の王も、エレンも、軍も、自分が『いい人』になるためには『悪者』を必要としたというのに。
しかしこの女王さまの手にかかると、どんな『悪者』も『いい子』になってしまう。そして女王さま本人は、そんな『いい子』達を笑顔で踏みつけ、もっともっと『いい人』になってのける。白き翼を生やした悪魔のようだ。
茶番もここまで来ると、呆れを通り越して感心すらしてしまう。

8.献杯

正式に実権を握ってからというもの、女王はバリバリ仕事をした。
壁の崩壊により家や仕事を失い、開拓地に追いやられた人々は、ようやく元の生活に戻れるよう支援が行われ、強制的に兵器開発に従属させられていた義勇兵、不当な理由で地下街に追いやられた人々も解放され、太陽の下を歩けるようになった。
そして、彼女が早い段階で行ったのは、調査兵団の名誉の回復だった。調査兵団は、エレン・イェーガーの地鳴らしに一切関与していない。それどころか、脅威として排除されかけた被害者であると。地鳴らしを食い止め、パラディ島と世界を繋げる新時代の平和の架け橋になってくれたと。
そして同時に、リヴァイ兵士長の生存と、十四代目の調査兵団団長の死が、正式に発表された。
団長はたった一人で、あの超大型巨人を何体も屠り、文字通り『すべての人類』に心臓を捧げた。『自由の翼』に誇れる生き方であった、と。
そのことを知らせに来たのは、いつぞやの新聞記者だった。巨人の家畜に成り下がった我々を、見捨てることなく、人間に戻すために戦ってくれたと泣いていた。
三年前、当時のイェーガー派の発表では、彼女はマーレの襲撃の際に相方共々死んだとされていたらしいが、人々の間では密かにその生存がささやかれ、帰還を待ち望む者も多かったらしい。彼もその一人だったようだ。
しかし、その願いは絶たれた。
特に彼女と縁のあったトロスト区では、区全体が愁嘆場と化し、その死を悼み、町のいたる所に『自由の翼』がはためいた。
そして人々は言った。彼女がいなければ、世界が巨人の恐怖から解放されることはなかっただろう、と。
特に驚かなかった。なにしろ『巨人』を作ったのは『神様』だ。それを駆逐できるのは『悪魔』だろう。
あれは、本物の『悪魔』だ。
エレンは翼もないのに『私は神だ』と豚どもをそそのかし、豚小屋を破壊して『あげた』というのに、あの悪魔は黒いシッポを隠し『私も豚です』と豚どもをたぶらかし、豚どもに自ら小屋を破壊『させた』ようなヤツだ。
自分一人で小屋を破壊したなら、それは『自分一人』の責任だが、豚ども自ら小屋を破壊したのなら、それは豚ども『みんなの』責任だ。自力でどうにかするしかない。
そんな豚どもを『かわいそう』だと思わない。まさに人の心を持たぬ悪魔の所業だ。
そんな悪魔の被害者の一人は今、目の前で大泣きしていた。最初は静かに泣いていたのが、話しているうちにだんだん子供のように声を上げて泣き出した。
散々泣いてからここに来ただろうに、それでもまだ泣けるというのか。なにやら個人的な後悔があるらしく、ひどい罪悪感に苦しんでいるようだ。
まったく、男泣かせの悪魔だった。自分の人生において、ここまで悪いことをしたヤツは、たぶん後にも先にも現れないだろう。
新聞屋が帰り、机の上に残された新聞を手に取る。
彼が持ってきた、悪魔の訃報を知らせる新聞だった。記事には、まるで『自分の自由と引き換えに、すべての人類に自由をもたらした天使』であるかのように書かれていた。思わず鼻で笑う。
「……まったく、まんまとだまされやがって」
『他人の自由』のために『自分の自由』を差しだす? 『悪魔』がそんな親切なわけねぇだろが。
俺は知ってるんだ。『正義』だの『人類を救う』だの、あの悪魔が、そんなもんに興味あるわけねぇってことを。

すべては、神に挑んで散った、自分の仲間達のために。
そして、自分自身がいつまでも『自由』であり続けるために。

詳細をよく見てみろ。エレンを倒したのは、新しく調査兵団の十五代目を引き継いだ若ぇのと、その仲間達じゃねぇか。
あいつお得意の手口だよ。
シッポを隠して人の子をたぶらかし、そいつに世界を『救わせた』んだ。
神様にケンカを売れるのは悪魔だが、人の世を救えるのは人の子だ。だから悪魔は、やることやったら自由気ままに飛び去って、すべての『人の子』に責任を背負わせた。『自分達の世界』に対する『責任』を。
現に、あいつの相方はこの島に来なかったそうじゃないか。この島にはもう、『神様』はいないから。
おおかたそっちも、今頃世界のどこかで、シッポを隠して暗躍してんだろ?
だがまあ、俺はあんたと違って『いい人』だから、人類の幸せのために、黙っといてやるよ。

その日の夜。ずっとしまい込んでいた『とっておきの酒』を、ついに開けることにした。
なぜか今日、無性に飲みたくなったのだ。
ボトルを手に取り、ふと昔のことを思い出す。
この酒を飲んでいたら、幼い我が子が自分にも飲ませろとせがんできたので一口飲ませてやったら、なんで大人は、わざわざこんなマズいものを飲みたがるのだと、顔をしかめて文句を言った。
そんなお子様も、そろそろ酒を飲める年頃だ。
昔を懐かしみながら、グラスに酒を注ぎ、一口飲む。
「…………?」
違和感に、首を傾げる。
もう一口、飲んでみる。
「……うまい」
ラベルを確認すると、間違いなく、昔、飲んでいた銘柄の酒だ。
中央憲兵になってからは、高い酒をずいぶん飲んだというのに、それよりずっとうまいのだ。そんなことがあるのか?
少し考えて思い当たる。酒が変わったのではない。自分の舌が変わったのだ。
そういえば、収容所に入れられて以来、ずっと酒もタバコもせず、食事だって薄味の野菜ばかり。長年の飲酒喫煙でバカになっていた舌も、すっかり健康になったらしい。
なんだ。かつて『子供に酒の味はわからん』と笑っておいて、自分が一番、わかってなかったではないか。
「ははっ……そうか。悪魔も、たまにはいいことするじゃねぇか」
なんだかうれしくなり、もう一つグラスを出してくると、向かいの席に置き、酒をついでやる。この酒の、本来の味を教えてくれた悪魔のために。
神様の庇護下にあった家畜どもを、罪深き人間に戻してくれた悪魔のために。
自分のグラスを手に取り、軽く掲げると、
「残念だよ。今の俺なら、あんたとも楽しく酒を飲めただろうに」
そうつぶやくと、グラスの酒をあおる。
一息ついて窓の外に目を向けると、少し欠けた月が世界を照らしていた。

女王の統治になってからというもの、島は急速に発展し、景気が良くなった。
外国との貿易が盛んになり、島は資源を輸出し、世界からはあらゆる技術が持ち込まれた。
例の友人と共に、野菜を売りにたまに街へ出ると、そのたびに変化があった。鉄道や自動車といった輸送技術、道路の整備、水道やガスといったインフラ整備……人々の暮らしは豊かになったはずだが、その代償であるかのように、いつも忙しそうだった。その慌ただしさに、少し怖くなるくらいだ。
世間はどんどん変わっていくのに対し、自分はというと、相変わらず山奥で畑を耕し、なんともつつましく暮らしていた。
変化と言えば、シワと白髪が増えたこと。そして、この微妙に歪んだ鼻が、すっかり気にならなくなったこと。重労働で腰痛に悩まされるようになったことくらいか。
果たして、殴られた甲斐はあったのかなかったのか。
わからない。
恐らくそれがわかるのは、あの悪魔達に『殴った甲斐があった』と言わせた時なのだろう。
机に向かうと、広げたままの原稿用紙を手に取る。
軽く原稿を読み返してみると、まるで王への手紙のようだった。あとは、すっかり顔なじみとなった新聞記者に渡すだけだ。
昔は軍の批判のために本を書こうとしていた彼だが、この前会った時は、いつか世界のどこかで生きているリヴァイを取材して、調査兵団の歴史を本にするのだと意気込んでいた。
なんだ。本当はそっちが書きたかっただけで、自分達は英雄譚の添え物じゃないか。まったく、新聞屋というヤツは。
急にこんなものを書く気になったのは、決して、あの新聞屋を喜ばせるためではない。
すべては、自分のために。
もしかすると――もしかすると、どこかで本になったこれを目にした我が子が、父親を気にしていつか会いに来てくれるかもしれない。そんなささやかな期待が、自分にペンを取らせた。
どうせ『誰かのため』に何か出来たことなどないのだ。それが今さら使命に目覚めて『子供達のため』だの『人類の未来のため』だの、嘘くさくて仕方ない。
今の自分に出来ることは、『その日』が訪れた時のために、毎日部屋を掃除し、畑に出ることくらいだ。
我が子が会いに来てくれた時、ゴミだらけの部屋でぐうたら過ごしていては、『来るんじゃなかった』と言われてしまう。それだけは、御免被りたい。
せめて『心配して損した』と、安心して帰って行けるよう。自分の存在が、我が子の自由の足かせにならぬよう。
それが出来れば――王よ。あなたも、笑ってこう言ってくださるでしょうか? 『ありがとう』と。

* * *

王よ。
私の人生は、血で汚れたものでした。
心の弱い私は、すべてをあなたのため、壁の中の安寧のためと自己正当化し、その罪を、すべてあなたに背負わせることで、自分の罪から逃げ続けてきたのです。
しかし、それを許してくれたあなたはもういない。
その現実が私から逃避する言い訳を奪い、いかに私があなたに甘えていたのか、いかに私が、何も持たない、ちっぽけな人間かを思い知らせたのです。

ですが、私は幸運でした。
目の前に広がる、恐ろしい『自由』な世界。
その世界に、勇気を出して一歩踏み出したことで、代え難い友人を得ることが出来たのです。
その勇気を与えてくれたのは、かつての恐ろしい悪魔でした。
私が、何も知らず、何も考えぬ愚かな羊であれば、どんなに幸せだったでしょうか。
しかしその悪魔は、愚かな羊として生きていた私に、余計なことを色々と吹き込んでくれました。
殴られる痛みを。犯した罪の重さを。自分がしたことに対する責任の取り方を。世界の広さを。『自由』とは何かを。酒の本当のうまさを。
おかげで私は、幸せな羊だったあの頃へ、後戻りすることが出来なくなりました。
私は、罪深き『人間』になれたのです。

私は、一度はあなたと同じような選択をしようとしました。私を憎む誰かに、殺されてあげようと。
それが、散々奪い続けた私に出来る、唯一の償いなのだと。
しかし私は、誰からも何も奪われませんでした。それどころか、教えられたのです。
私が死んだところで、犯した罪が消えるわけではないことを。
これ以上、誰かに罪を肩代わりさせるなど、許されないのだということを。
結局私は、誰かのためでも、償いのためでもなく、私が楽になりたいがために、私のために『死んであげよう』としていただけでした。
私は、どんなに苦しくても生きなくてはならない。
ならばせめて、次の世代にこの罪が受け継がれることがないよう、この不幸な順番を断ち切れますように。
誰からも何も奪わず、ささやかなものであったとしても、何かを与えられる自分になれますように。
そうして生きていくことが、せめてもの償いになればと願います。

王よ。
あなたは、本当はどんな選択をし、どんな道を進みたかったのでしょうか?
どんなに考えたところで、私の勝手な推測でしかなく、わかる日は来ないでしょう。
しかし私は、これから、あなたが選べなかった選択をし、あなたが進むことの出来なかった道を進み、生きていきます。

〈了〉


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進撃の巨人 最終回その後 パラディ島のサネスから見たエレンとハンジ 本物の悪魔の子・中編【小説】

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