進撃の巨人 最終回その後 パラディ島のサネスから見たエレンとハンジ 本物の悪魔の子・前編【小説】
進撃の巨人、最終回のその後を書いた小説です。今回は普通の人代表サネスさん視点となっています。需要と供給なんぞガン無視です。
彼の目線からエレンやハンジさん達、壁の中の人類はどのように映っていたのか、彼は過去の罪に対してどのように生きたのかを好き放題に書いてます。
サネスって誰だっけ? 13巻から読み返しなさい。
ちなみに今回は少々長くなったので三分割しました。
後半、前回のヒストリアのその後をちょろっと書いてるので、まだの方は先にコチラ↓を読んだほうが楽しめるかも。
- 最終回のネタバレ含みます
- 過去の考察を元に好き放題に書いてます。いわゆる『二次創作』というやつになるので、興味ない人、苦手な人はお引取りください
- 必要なのは『こまけぇこたぁいいんだよ!』の精神
悪魔の子
1.収容所
王よ。
私にとって、収容所での短い暮らしこそが安寧の世でした。
私を恨んでいるであろう者達から守られ、衣食住が与えられ、そして何より『自由』を奪われることで『罰せられている』『罪を償っている』という気分になれるのです。
王よ。あなたもそうだったのでしょうか?
あなたにとって、あなたの先祖が作った壁の中の世界は、あなたの心を安らげるための収容所だったのでしょうか?
だから何も出来なかったのでしょうか?
王よ。
収容所を出ることになり、私が真っ先に感じたのは『恐怖』でした。
『自由』とは、なんと恐ろしいものでしょうか。誰も守ってくれない。衣食住は自分で確保しなくてはならない。何もしなければ野垂れ死んでしまうのです。
誰も助けてくれない心細さ、一人の孤独、失う恐怖。
しかし、ふと思うのです。これこそが、本来の私なのだと。
御主人様に仕える犬でもなく、守られた家畜でもなく、言いつけを与えられるだけの奴隷でもなく、自由で無力な罪深き人間。
思えば、私は誰かから与えられるばかり、誰かが持っているものを欲しがるばかりでした。時に、奪うことさえありました。
最初から持っていたものなど、なにひとつなかった。あるとすれば、親から与えられた自分の命、ただひとつ。結局私は、自分一人では何も出来ない、無力な存在。
無知とは、なんと罪深きことでしょうか。私は、私を何一つわかっていなかった。
昔の私は、自分があなたに守られた存在であることにも気づかず、私があなたと、この世界をを守っているのだと思っていました。お恥ずかしい話、そのことを誇ってすらいたのです。
それがあなたを苦しめ、壁の中の小さな世界を滅びへ導いていることも知らずに。
* * *
汚れの浮いた鏡を見ると、くたびれた中年男の顔がそこにあった。
精気の抜けた目に、年々深くなるシワ、あごには無精ひげが伸びていたが、特に人に会う予定があるわけでもなかったので、剃ることもせずそのままだった。黒髪には白髪がぽつぽつ混じっていたが、それよりも鼻が気になった。
傍目には気づかないだろうが、ほんの少し――本人にしか気づかない程度に歪んだまま治った鼻の形に、手当てした者の軽い悪意を感じずにはいられない。
壁の中の世界を兵団が統治するようになると、サネスのような王直轄の中央憲兵は収容所に放り込まれた。
ところが三年も経たずして『ヒストリア女王の恩赦』として放り出された。
命令とは言え、散々民を殺めてきた者達を、たかが二、三年で解放していいのか――という声もあったが『元々は人類に心臓を捧げた兵士であり、彼らにはもう、非道な行いをする理由は存在しない』とのことだった。
単純に養うのに金がかかることと、この島への調査に来たマーレ兵を閉じ込める施設が必要だったから、厄介払いされただけではないかとみんな邪推した。
現に、サネスにしてみれば、収容所のほうが心穏やかに過ごせたくらいだ。なにしろ周囲は自分と同じ境遇の者ばかり。食事も出る。問題行動を起こしさえしなければ、身の安全も保証されている。なにより『敵』が存在しないのである。
にも関わらず、不満を抱えている者もいた。そういう者は大抵『こうなったのは王のせい』と、口を開けば王への恨み節、自分の境遇への嘆き、そして『自由への渇望』を生き生きと語るのである。
ところが、いざ実際、収容所の外に追い出されることになると、そういう者こそ縮こまり、途方に暮れた顔をするのだ。
待ち望んだ『自由』が目の前に広がっているというのに、どこかにいるかもしれない『敵』におびえているのである。
それを見て、サネスは思った。今度は、自分を収容所から追い出した兵団への恨み節や自分の境遇への嘆き、そして『自由への渇望』を生き生きと語るのだろう、と。
何も変わらない。
サネスは出所後、人目を避けるように、山奥の小さな家で暮らしていた。
庭に畑を作り、自給自足の暮らしを始めてもうじき一年が過ぎようとしていたが、知識もないまま始めた畑仕事はうまく行かなかった。
野菜なんて水をやってりゃ育つものだ――などということはなく、失敗の連続だった。
山で図鑑とにらめっこしながら採取した野草やきのこを、恐る恐る食べる日もあった。結局、食料は街で買ってくることになり、減る一方の貯金に不安がつのる日々だ。
わびしい食事のたびに思うのは、かつての食事がいかに豪華だったかということだ。
地位も名誉もあり、肉もたらふく食えた。女房との関係は冷えていたものの、給料は良かったので夫婦を続けていたが――状況が一変すると、女房は家の金と子供を連れてあっさり実家へ帰った。残ったのは、元住んでいた家を売って得られた金だけだ。その金で、格安だった今のボロ家を買ったのである。
この『新居』に越してきた時、思った。結局、自分が持っていたのはこの程度のものだったのだ、と。
時折、かつての憲兵仲間と会うこともあったが、その間隔もだんだん広がり、新しい人間関係を作ることもしなかった。
孤高の世捨て人――と言えば聞こえはいいだろうが、単純に、怖かったのだろう。自分の過去を知られることが。
自分には、何もないことを知られるのが。
この期に及んで、サネスを世界の端っこに追いやっているのは、つまらないプライドだった。
ある日のことだった。
すっかり世間に取り残され、今、この世界がどうなっているのかも知らないでいた自分にとって、天地がひっくり返るような出来事が起こった。
突然、だだっ広い、暗い砂漠のど真ん中に立っていた。そして声が聞こえた。声の主はエレン・イェーガーと名乗った。
正直、驚きが勝って、言ってる内容は頭に入ってこなかった。
我に返ったその直後に、遠くから凄まじい音が聞こえた。外に飛び出し、音が聞こえた方角へ走ると、いつも遠くに見えていた壁がなくなっていた。
代わりに見えたのは、壁と同じくらいの超大型巨人の群れだった。
結局、自分に理解出来たのは、目の前で見たままのことだった。
――王よ。あなたが恐れていたのはこれなのですか?
恐怖に、足が震えた。
こんな遠くからでも怖いのだ。もっと近くでこの光景を見ている者は、どれほどの恐怖だろか?
しかもその巨人達ときたら、きちんと列を組んで歩いているのだ。誰かが操っているのは一目瞭然だった。
そんなことが出来るのは、神様しかいない。そうか。さっき聞こえた声。幻聴でも夢でもなかったのなら、あれは『神』の声だったのだ。
気がつくと、地べたにへたり込んでいた。
あの『声』が言っていたことが本当なら、あの巨人達は、これから世界を踏み潰しに行くらしい。
恐ろしい力を前に、即座に屈した。この島も、世界も、ひれ伏すことだろう。
そして、ふと思った。初代壁の王が、本当にしたかったのはこれではないのか? と。
収容所で暮らしていた時、仲間内で話したことがある。初代壁の王は、なぜこんな壁を作り、閉じこもったのか。
滅びを望むのであれば、その時に滅びればよかったのだ。なぜ、民から記憶を奪い、何も知らない未来の子供達に――自分達の知る『王』も含めて――『死んでもらおう』なんてひどいことをしたのか。
議論を重ね、出てきた結論はこうだった。『結局、自分は死にたくなかったのだ』と。『自分は死にたくなかったし我が子が殺されるところも見たくなかったから、自分の知らない未来のガキを生け贄に捧げたのだ』と。
しかし、こうして実際に歩いている巨人の群れを見ていると、新たな疑問が湧いてきた。
初代壁の王は、その当時、なぜこの巨人を使って世界を踏み鳴らさなかったのだろうか?
未来の子供達を殺せる王だ。世界だって殺せるのではないのか?
わからない。
しかし、なぜか――なぜか、その理由を、自分は知っているような気がした。
2.神の子
その日の夜は、眠れなかった。
気になったのは、実家に帰った元妻や我が子だった。
壁の崩壊に巻き込まれていないだろうか、巨人に踏みつぶされていないだろうか、何かトラブルに巻き込まれていないだろうか――
すぐにでも街へ向かおうかとも思ったが、どう考えても、街に着くより先に日が暮れることはわかっていたので、翌朝向かうことにして、早めに就寝した。
しかし、目を閉じると、巨人の大群が歩く姿が脳裏にちらついた。しかも外からは、巨人の歩く音と、振動が響いてくるのだ。
実はこちらに向かってきているのでは? と想像しては飛び起き、窓の外を何度も確認した。
結局、夜が明けきる前に家を出た。
久しぶりの街にたどり着くと、衝撃の光景が広がっていた。
街では、市民が集まって、朝っぱらから飲めや歌えや大騒ぎをしていたのだ。もしかすると、徹夜で遊んでいたのかもしれない。
途中、壁の崩壊に巻き込まれた家や家族を失ったらしい人々の姿を見た。子供の死体の前で泣いている夫婦の姿を見て思い出したのは、我が子のことだった。
誰もが、そんな目に遭う可能性があったはずなのだ。今だって、家族の名を呼び、ガレキを掘り返している者だっている。
しかしそんなことはまるで遠い別世界の出来事であるかのように、市民は狂喜乱舞し『自由だ!』だの『イェーガー万歳!』だのと叫んでいるのである。
そんな姿に恐怖すら感じつつも、向かったのは、逃げられた女房の実家だった。女房とは、収容所に入れられてから一度も会っていない。
物陰からしばらく家の様子を見たところ、幸いみんな無事のようだった。ただ、直接会いにいく根性はなかった。こちらが無事だったことを、がっかりされるのが怖かったからだ。
我ながら未練がましいと思ったが、子供宛てに、そちらが無事なようで安心したこと、自分は無事であることを伝える短い手紙をポストに投函すると、逃げるように立ち去った。
「――おい! サネスか?」
騒がしい街中を歩いていると、突然呼び止められた。
振り返ると、そこにいたのはかつての同僚のラルフだった。どうやらこちらを見つけて追ってきたらしく、軽く息を切らしていた。
挨拶もそこそこに広場まで行くと『祝勝パーティー』とやらが開かれていた。一体誰が、何に勝ったのか、正直よくわからなかった。
居心地の悪さを感じつつも、適当に空いていた席にテーブルを挟んで座る。
ラルフは幸いにも家族に見捨てられず、一緒にやり直そうと、現在は妻の実家の家業の手伝いで生計を立てていた。
久しぶりに会ったラルフから、この状況の理由を聞いた。彼自身も、ついさっき、知り合いの兵士から聞いて詳細を知ったという。
昨日、マーレの飛行船がシガンシナを襲撃しに来たこと。それを阻止するため、エレンの支持者――兵団によってイェーガー派と命名されたという――の協力の元、エレン・イェーガーが始祖の巨人の力を手に入れたこと。そして力を手に入れたと同時に、壁の巨人を復活させ、世界を滅ぼしに行ったこと。このどんちゃん騒ぎは『この島が世界に勝った』という勝利の宴なのだということ――
内容自体は単純だったが、どこかおとぎ話でも聞いている気分だった。世界を滅ぼす。完全に『神様』がやるようなことではないか。
脳裏に、さっき見た、我が子の死体の前で泣いていた夫婦の姿が浮かぶ。
世界に勝った? それで我が子が死んでしまっては、負けではないのか?
もしくは『神への生け贄に捧げた』と、その名誉の死を喜ぶべきなのか……
「あんたは、どう思う?」
ラルフは顔の前で手を組んで、聞いてきた。
口元は皮肉気な笑みの形に歪んでいたが、目はまったく笑っていなかった。
「壁の王は世界を守るため、俺達を壁の中に押し込めた。壁の外の人類は巨人によって滅びたって嘘ついて。……『嘘から出た誠』って言うのかね? これは」
そう。ほんの数年前まで、自分達は『壁の外の人類は滅びた』と信じていた。その頃に逆戻りするだけだ。
そのうち、巨人を信仰する宗教も現れるかもしれない。信仰の対象が、壁から巨人に、王からエレンに代わるだけだ。
なにも変わらない。
「――うるさい! エレン・イェーガーの何が英雄だ! あんなヤツただの人殺しだ!」
その時、どこからか響いてきた怒鳴り声に、我に返る。
辺りを見渡すと、まだ十歳かそこらの少年が、泣きはらした顔でわめきちらし、イェーガー派と思われる兵士にしょっ引かれていく姿が見えた。
壁の崩壊の被害者だろう。兵士に小脇に抱えられた少年は、手足をばたつかせ、母を返せだのエレンはただの人殺しのクズだだのわめき散らしていたが、それよりも、兵士の顔に目が行った。
同情と、呆れが入り混じった、めんどくさいものを見る顔だった。
見るからに人を小馬鹿にした尊大な態度で、都合の悪いものを排除している。
それは、かつての自分の顔だった。
そう。自分こそが『あっち側』の人間だったのだ。
理不尽に母を亡くし、泣いている少年を『ただのめんどくさいガキ』として、大の大人が排除している。
だが、当時の自分はこう思っていた。自分は『いいこと』をしていると。わからないバカが悪いのだと。
そうだ。自分がしてきたのは『いいこと』だった。神にお仕えし、神の言うとおりのことをしてきただけだ。
初代壁の王も、きっと『いいこと』をしていたのだろう。だから『世界』を守るため、『悪者』達を見張りの巨人で取り囲み、悪さが出来ないよう記憶も奪った。そして刑が執行されるその日まで、自分とその子孫が看守になった。
そして、エレン・イェーガーも。現在進行系で『いいこと』をしに行ったのだ。この『島の中』という『世界』を守る。そのご立派な『善行』のために、『世界』の外側にいる『悪者』を滅ぼしに行った。まさに神様だ。
『神様』の悪口を言うなど、あのガキはなんて悪い子だろう。そりゃあお仕置きだ。
「何も変わらねぇよ」
自然と、ラルフの問いの回答が出てきた。
「悪魔のせいで、数年神様が不在だったこの世界に、新しい『神様』が降臨なさっただけだ。俺らはこれまで通り『神様』にひれ伏し、時々『生け贄』を捧げりゃいい。それだけだ」
「……そうだな。『神様』がすることだもんな。『正しいこと』してらっしゃるに決まってらぁ」
こちらの言葉に、ラルフもどこか投げやりに答えた。
そうだ。『神様』がすることは『正しいこと』に違いない。なにしろどんなに殺したところで、『神様』が裁かれることなどいないのだから。
……壁が崩れた時は、まるで、天地がひっくり返るような、ものすごいことが起こるような気がした。
しかし、気のせいだったようだ。
すべて、これまで通り。
なにも変わらない。
なのに、どこか腑に落ちなかった。
「どうした?」
こちらの異変に気づいたか、怪訝な顔でラルフが首を傾げる。
そう、腑に落ちない。ただひとつ、釈然としないことがあった。
手が自然と、微妙に歪んだ鼻に触れる。かつて剥がされた爪はとっくの昔に治ったはずが、なぜか今、ズキズキと痛む気がした。
「俺は……なんのために殴られたんだろうな」
王よ、あなたも。
あなたも、死んだ甲斐はありましたか――
3.一歩
あれ以来、何もする気が起きなかった。畑をほったらかしにしてしまったが、どのみち食えるような実などつかないのだ。数日サボったところで、大して変わらないだろう。
ベッドに寝転がり、ぼんやりしていると、嫌でも考えてしまう。自分は生きていていいのだろうか、と。
かつての家を売って出来た、いくばくかの金はあった。しかしその金も、食料を買っては消え、その食料はクソとなって消えていくだけ。
いっそのこと、その金をどこかの貧しい子供達にばらまき、自分は人知れず死んでしまったほうが、よっぽど世のため人のためではないのか?
脳裏に、壁の崩壊で子を失って泣いていた夫婦の姿がよぎる。下敷きになって死んだのが自分なら、みんな喜んでくれただろうに。
こんな時は、酒でも飲んで酔っ払いたかったが、この家には酒など――いや。
ふと思い出し、キッチンに向かう。
戸棚を開けると、奥から一本の黒いボトルを取り出す。収容所を出ることが決まった頃、母親に内緒で面会にきた我が子が、一足早い『退所祝い』として、昔、よく飲んでいた酒を差し入れに来てくれたのだ。
もっとも、囚人に酒を渡すわけにはいかないので、実際に手にしたのは出所日、荷物を返された時だが。
正直、いい父親ではなかったと思う。いつの頃からか、妻とは不仲でよくケンカをしていたし、『仕事』と言って、子供の相手もあまりしなかった。
心のどこかで、避けていたのかもしれない。血に汚れた手で、我が子に触れることを。おかげで、子供の自分への態度はいつもそっけないものとなった。
そんな我が子が、酒を差し入れてくれたのである。酒そのものは、子供のこづかいでも買える安物だ。
しかし、我が子が幼い頃――まだ、自分が中央憲兵になる前、自宅でよく飲んでいたものだった。
それを覚えていてくれたことに感激し、なにか特別な時に飲もうと思っていたが――結局、その日は戸棚の奥に戻した。
「エレン・イェーガーが帰ってこないらしい――」
壁の崩壊から一ヶ月ほどして、そんな話をしにラルフが訪ねて来た。
しばらくぼんやり過ごしていたので、それが何を意味しているのか、すぐにはわからなかった。
ラルフは、持ってきた古新聞を机に置く。日付を見ると、壁が崩壊して数日しか経っていない頃のもののようだ。
ラルフは、隅っこのずいぶん小さな記事を指さし、
「これなんだがよ。エレンが島を出た後すぐ、港でイェーガー派とマーレの巨人との戦闘があったそうだ」
「……それが?」
すっかり思考を放棄した頭で、話を促す。ラルフは少しイラついた顔で、
「マーレがエレンを止めたいってのはわかるよ。で、ここからが肝心なんだが……知り合いの兵士から聞いた話なんだが、敵に、調査兵団の残党がいたらしい」
その言葉に、放棄したはずの思考が、ゆっくりとだが再び動き出した。
改めて記事に目を通すと『起こったこと』と『勇敢なイェーガー派によって鎮圧された』と雑に書かれているだけで、詳細はなかった。
「表立って公表はされていないが、調査兵団の団長と、昔の奪還作戦の生き残りの精鋭班だったって話だ。……それって、あいつら、だよな?」
あいつら。
忘れようにも忘れられない。自然と、曲がった鼻に手が伸びていた。
「あいつらが――どうしたって?」
「だーかーらー。あいつら、エレンを追って島を出てったって言ってんだよ。マーレの残党と、残党どうし仲良く一緒に。……普通の巨人より、もっとでかい巨人の群れ相手にだぞ。しかも、あいつらの仲間を散々殺した連中とだ。正気じゃねぇよ」
隅っこで、恥ずかしそうに掲載された記事。
帰ってこないエレン。
エレンを追って、島を飛び出した調査兵団の残党。
家の外でラルフを見送る頃になって、鈍っていた思考がようやっと意味を理解し始めた。
「……そう、か。がんばったんだな」
相変わらず、あの悪魔は『神様の善行』の邪魔をがんばっているらしい。なんて悪いヤツだろう。
果たして、殴られた甲斐はあったのか。
それはまだわからない。
だが、殴ったことに対する『筋』は通してくれたらしい。あのとてつもなく、強大な力を相手に。
家の中に戻ると、急に、その散らかりようが気になり、掃除をすることにした。
すると、思っていた以上に埃が溜まっていた。なくしたと思っていた靴下が出てきたり、突然虫が出てきて悲鳴を上げた。
そして部屋の隅に、天井から壁を伝って黒い染みが出来ていることに気づいた。いつの間にか雨漏りしていたらしい。
翌日、朝から雨漏りの修理をした。
問題は畑だった。
薄々気づいてはいたが――本当に問題なのは、畑ではなく自分の『無知』だ。
ふと、森を抜けた所に、畑に囲まれた一軒家があったことを思い出す。
その家も人里離れた場所にあり、交流はまったくなかったが――以前近くを通りかかった時、色々な野菜が育てられているのを見た。おそらく売り物として育てているのだろう。
意を決して、その百姓に教えを乞うことにした。
しかし、森を抜け、家が見えてくると不安になってきた。外に誰かいれば、向こうから声をかけてくれる期待も出来たが、誰もいない。自分から家のドアを叩き、声をかけるしかない。
ただ声をかけ、自己紹介と、畑のことで相談があると伝えるだけだ。
それだけのことだ。
だというのに、玄関のドアの前に立つと、不安で胸が苦しくなってきた。
怖かった。
そんなことも知らないのかと、笑われることが。
かつて、百姓など小馬鹿にして生きて来た自分が、その百姓に頭を下げ、教えを乞わねばならないことが。
やっぱり明日にしようと、後ろに下がろうとした瞬間、脳裏に、大量の巨人の群れが歩いている光景がよぎり、足が止まった。
……そうだ。神様にケンカを売ることに比べたら、ただの人間相手に教えを乞うくらい、なんてことはないじゃないか。
そう思った瞬間、下がろうとしていた足が一歩前へ出た。そしてそのまま、ドアを叩いた。
叩いてから、いっそ留守だったらと思ったが、あっさりと返事があり、家主の男が顔を出した。
このところあまりしゃべってなかったせいで、思ったように声が出なかったが、それでも当初の予定通り、簡単な自己紹介と、自分の畑のことで相談があると伝えた。
すると、拍子抜けするほどあっさりと、男はこちらの話を聞き入れ、さらには問題の畑まで見に来てくれた。
「あんた、この土はダメだよ。ホラ、こんなに石が混じってる」
次々とダメ出しをされたが、嫌な気分にはならなかった。ダメ出しと同時に、適切なアドバイスを惜しみなく授けてくれたからだ。
こちらは礼も何も出来ないと言っているのに、いくつかの苗と野菜まで分けてくれた。
聞けば男は単身者で、十年ほど前に今の家に越してきたらしく、年も自分と近いようだった。
〈中編へ続く〉
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